TheDigitalArtist / Pixabay
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こんにちは、みっつん(@Mittun_yorozuya)です。

今日は、芸術を感性でみてはいけない理由について、

書いていこうかなと思います。

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芸術を感性で見るのは”損”している

感性とは

はじめに感性について、説明しておきます。

感性:「美や善などの評価基準に関する印象の内包的な意味を知覚する能力(wikipedia参照)」

とありますが、あまりピンとこないですね。

 

なので簡単に言うと、「感性とは、非言語的・無意識的・直感的な感覚」と言えます。

 

さらに簡単にいえば、「物事を心に深く感じ取る働き」と言えるでしょう。

美術、芸術を鑑賞して感性を磨くと言うが、、?

突然ですが、この絵を知っていますか?

どこかで見た、という方も多いかもしれませんね。

 

この絵は、パブロ・ピカソ「泣く女」という作品です。

では、あなたはこの絵画をどう鑑賞するでしょうか。

 

「なんとなく絵のバランスがいい」
「心にうったえかけるものがある」

「素晴らしい極彩色の表現だ」
「ピカソの独特の感性が如実にあらわれている」
「女性の悲哀さが顕著にあらわれている」

 

このような感想を抱くのではないでしょうか。

さらに専門的に、技術的に鑑賞していくならば、

 

「女性の表情が一方向からではなく、様々な角度から見た表情が同じ平面上に表現されている。
その表情は連続する映像的効果も醸し出し、ただならぬ存在感と迫力で見るものに訴えてきている。
鋭角的な線とそれぞれの色彩をかたどる黒い輪郭線は、女性がハンカチを噛んで口惜しがる様子を強烈なインパクトと共に表現してみせている。」

と言った具合に評価できるかもしれないですね。

 

しかし、僕はこのような、自分の感性による鑑賞、技術面の鑑賞を、あまりオススメしません。

ここで終わってしまうと、芸術鑑賞において、損していると思います。

それはなぜか、これから説明していきたいと思います。

ではどう鑑賞するのか

結論を言います。

それは、作者は何かしらの「メッセージ」や「意図」があって作品を作っているからです。

作者は、その「メッセージ」をよく表現する「手段」として、あらゆる絵画の技法を使ったり、色を使ったりします。

 

もちろん、技術や見た目の鑑賞も重要ですし、着目すべき点ですが、

僕が特に主張したいことは、技術や見た目などの表面的なものを鑑賞するよりも、その作品が作られた背景を鑑賞すべきだ、と言うことです。

 

 

例として、この「泣く女」に秘められたメッセージを鑑賞していきたいと思います。

 

スペイン内戦が続く中、1937年10月頃に描かれた本作、ピカソの「泣く女」。激動の時代を取り巻く不安と緊張感が造形と色彩のコントラストに表わされ、第二次世界大戦へと向かっていく重苦しい社会的雰囲気が感じとられる。

「泣く女」で描かれた女性は、単なる個人的な悲劇に涙する状況を大きく超越している。それはもはや、「人間の運命について、存在の根源における悲劇について慟哭する顔を示しているといえる」(中央公論社「カンヴァス世界の名画 ピカソ」参照)。

「泣く女」のモデルとされるピカソの愛人ドラ・マール(Dora Maar/1907–1997) は、ユダヤ系ユーゴスラビア人の父親を持つフランスの写真家である。

当時ピカソにはもう一人の愛人フランソワーズ・ジロー(Frqncoise Gilot)がおり、二人はピカソのアトリエで取っ組み合いのケンカをしたというエピソードもあり、ドラ・マールはよく感情をあらわにするタイプの女性だったようで、ピカソにとってドラ・マールはまさに「泣く女」そのものだったとされる。

つまりこの作品で言えば、

・時代背景はスペイン戦争中
・戦争中の不安や緊張感
・人間の犯す戦争の愚かさ
・モデルとなった女性の人間像

これらが、「泣く女」のメッセージであると捉えられます。

 

このように、芸術作品には作者の深いメッセージがあります。

もちろんこれは絵画だけではなく、音楽、彫刻、建築などにも同じことが言えますね。

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まとめ

どうでしたか?

みなさんも、美術館に行ったり、歴史的建造物を見に行ったりすることがあると思いますが、

ぜひ、その作品があらわす歴史、時代背景、政治批評、宗教、作者の意図などの「メッセージ」に注目して見てみてください。

よろず屋マメ知識

クセの強い
ヒゲ
「泣く女」はロンドンのテート・モダンという場所に所蔵されているヒゲ

シンプルな
ヒゲ
一回は生でみてみないな!

みっつん
イギリスに行ってみたい〜
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