
「このジョーク、全然面白くないのに、なんか笑えてきた」――そんな経験はありませんか?
インドネシア語には、まさにその感覚を一語で表す言葉があります。Jayus(ジャユス)。クオリティの低すぎるジョークのことを指し、寒すぎて逆に笑いが込み上げてくる状況や、そのジョーク自体を意味します。
一語で「面白くないのに笑えてしまうジョーク」を表せる言語感覚。その背景には、インドネシアのユーモア文化と、笑いの心理学が絡み合っています。
→ Jayusはトリヴィペディアの「翻訳できない世界の言葉201選」にも掲載されています:翻訳できない世界の言葉201選|日本語に訳せない各国の表現まとめ
Jayus(ジャユス)とは
Jayus(発音:/ˈdʒa.jus/・日本語表記:ジャユス)は、インドネシア語のスラングで、「面白くない」「クオリティが低い」を意味する形容詞または名詞です。
具体的には、「全然面白くないジョークなのに、あまりの寒さ(クオリティの低さ)に思わず笑ってしまうこと、またはそのジョーク」を指します。
単なる「つまらないジョーク」とは異なります。笑えないはずのジョークに「笑いへの転化」が起きるとき、はじめてJayusと呼べるのです。その逆説的な体験まで一語に込めているのがインドネシア語の妙味です。
インドネシア語での使い方
- "Bapak Jayus banget deh!"(お父さんのジョークは本当にジャユスだ!)
- "Jayus banget, tapi aku tertawa juga."(全然面白くないけど、思わず笑ってしまった。)
エラ・フランセス・サンダース著の絵本『翻訳できない世界のことば』(原題:Lost in Translation, 2014年)で紹介されて以来、日本でもインドネシア語を代表する「翻訳できない言葉」として広く知られるようになりました。
語源・成り立ち
Jayusの語源は諸説あり、明確には確定していません。インドネシアのスラングとして、特に首都ジャカルタを中心に20世紀後半ごろに定着したとされます。
英語の「jay」(ダサい・平凡なもの)との関連を指摘する声もありますが、公式に確認された語源ではありません。インドネシア語のスラングは若者言葉として口語から自然発生することが多く、Jayusもその一例と考えられています。
現在は日常的な口語や、SNS上でも頻繁に使われる生きたスラングです。
なぜインドネシアでこの言葉が生まれたのか
インドネシアは、ジョークや笑いを日常的に楽しむ文化圏です。クオリティの低いジョークに対して「面白くない!」と突き放すのではなく、「寒すぎて笑える」という受け取り方をする土壌があります。
家族や友人との集まりで、父や祖父が「時代遅れのダジャレ」を披露する場面はインドネシアでも日常的。Jayusはまさにその瞬間を表す言葉として根付きました。
「つまらない」を批判や拒絶でなく、ユーモアとして受け流す――その包容力のある笑いの文化が、Jayusという言葉を生んだ背景にあると言えるでしょう。
具体例・どんなジョークが Jayus か
Jayusにあたるジョークとは、どんなものでしょうか。日本語で体感できるような例を挙げてみます。
例1
「コーヒーを毎日飲む人はなぜ成功しやすいのか?」
「――毎日コーヒーを飲むほど頑張るから」
例2
「数学者はなぜ数学が得意なのか?」
「――得意だから数学者になった」
これらのオチを読んで思わず「そりゃそうだ!」と苦笑してしまったなら、あなたもJayusを体験した状態です。意外性ゼロの答えが、逆に笑いのツボを突く。それがJayusです。
日本語・他言語の似た概念との違い
日本語の「寒いギャグ」は最も近い表現ですが、微妙なニュアンスの差があります。
← 横にスクロールできます →
| 言葉 | 言語 | ニュアンス |
|---|---|---|
| 寒いギャグ | 日本語 | 面白くなくてシラけるジョーク(笑いへの転化は含まない場合も多い) |
| Jayus | インドネシア語 | 寒さゆえに笑えてしまうジョーク(笑いへの転化を内包) |
| Dad joke | 英語 | 父親がしそうなダジャレ(面白くはないが微笑ましい) |
| Cringe | 英語 | 恥ずかしくて見ていられない行為(笑いより恥ずかしさが強い) |
Jayusが独特なのは、「笑いへの転化」が言葉の意味に組み込まれている点です。「寒いギャグを言った」では聞き手が笑うかどうかは含意されませんが、「Jayusなジョーク」には「寒さゆえに笑えてしまう」という体験まで内包されています。
なぜ面白くないのに笑ってしまうのか
Jayusが成立する裏側には、笑いの心理学があります。
笑いの三大理論のひとつ、緊張緩和説(Relief Theory)によれば、ジョークは「緊張を高めてからオチで解放する」ことで笑いを生みます(スペンサー、フロイトら心理学者が論じた学説です)。
ところがJayusのように、オチが全くない(期待を大幅に裏切る)ジョークの場合、「この緊張はどこへ行くのか」という困惑が生まれます。その困惑自体が笑いへ転化するのが、「面白くないのに笑えてしまう」Jayus体験の正体のひとつです。
また、不条理さへの笑いもJayusを支える心理です。あまりにも意外性のない答えは、逆説的に「こんなに外してくるのか」という驚きを生み、笑いを引き起こします。
さらにJayusは社会的文脈の中で機能します。友人や家族の間でJayusなジョークが飛び出したとき、「またこういうやつか」という共有された笑いが生まれ、場の雰囲気を温めます。つまらないジョークが、むしろ場の潤滑油になるのです。
まとめ
Jayus(ジャユス)は、「面白くないのに寒さゆえに笑えてしまうジョーク」を一語で表すインドネシア語のスラング。日本語の「寒いギャグ」に近いようで、笑いへの転化を言葉に内包している点が独自です。
緊張緩和説や不条理への笑いが絡み合い、人は「寒いジョーク」にも思わず笑ってしまう。Jayusはその不思議な体験を、一語でとらえたインドネシア語の知恵です。
翻訳できない言葉には、その言語を話す人々の世界観が宿っています。Jayusもまた、インドネシアのユーモアと笑いへの包容力を映した、温かな一語です。
他の「翻訳できない世界の言葉」はこちらでまとめて読めます:翻訳できない世界の言葉201選|日本語に訳せない各国の表現まとめ