
「から衣 きつつなれにし 妻しあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」——平安の歌人・在原業平が詠んだこの一首には、各句の頭に「か・き・つ・ば・た」の五文字が隠されています。湿地に群れ咲く濃紫の花・燕子花(かきつばた)。「燕子花」という字面からは、どう読み解いても「かきつばた」とは読めない——その謎と、千年を超えて語り継がれてきた言葉の美しさに迫ります。
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燕子花(かきつばた)とは
燕子花(かきつばた)はアヤメ科の多年草で、池のほとりや湿地に群れて咲く初夏の花です。5月中旬から下旬ごろ、深みのある紫色の花びらを開かせます。花びらの付け根に白い細い筋が入っているのが特徴で、よく似たアヤメ・菖蒲との見分けのポイントになります。
万葉集にも詠まれるほど古くから日本人に親しまれており、愛知県の県花にも指定されています。愛知県刈谷市の「小堤西池のカキツバタ群落」は日本三大かきつばた自生地のひとつとして国の天然記念物に指定されており、見ごろの5月には一面が紫に染まります。
名前の謎 — 「燕子花」と書いてなぜ「かきつばた」?

語源は「書付花(かきつけばな)」
「かきつばた」という名前の由来として最も有力なのが、「書付花(かきつけばな)」が転じたとする説です。この花の汁を布に摺りつけて染料として使っていたことから、「書きつける花」→「かきつけばな」→「かきつはた(かきつばた)」と変化したとされています。古くは清音で「かきつはた」と呼ばれていました。
ほかにも「垣根の端(かきのはた)に生える草」が語源とする説もありますが、音韻変化の観点から疑問も残り、語源は「諸説あり」が正直なところです。
「燕子花」は中国からの当て字
「燕子花」という漢字表記は中国からもたらされましたが、じつは中国でこの文字が指す植物は日本のカキツバタとは別の植物です。同じく「杜若(とじゃく)」という表記も中国語では別の花を指します。どちらも「雰囲気が似ている」という理由で日本に輸入・転用された当て字なのです。
「燕(つばめ)」「子」「花」という漢字をいくら読み解いても「かきつばた」には辿り着けない——この不思議は、そもそも日本語の読みに対して中国の漢字が後から貼られたという、言葉の旅の証拠でもあります。

在原業平の折り句 — 伊勢物語「東下り」の名歌
かきつばたを語るうえで欠かせないのが、平安時代の歌人・在原業平(825〜880年)による折り句(おりく)の名歌です。
伊勢物語第九段「東下り」
『伊勢物語』第九段「東下り」では、主人公(在原業平がモデルとされる「昔男」)が都を離れ東国へ向かいます。三河の国の八橋(現在の愛知県知立市付近)にさしかかると、かきつばたが池のほとりに美しく咲いていました。一行から「その五文字を各句の頭に置いて、旅の心を詠め」と請われ、業平はこう詠みます。
から衣 きつつなれにし 妻しあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ
各句の頭の文字をつなげてみると——
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| 句 | 頭の文字 |
|---|---|
| から衣 | か |
| きつつなれにし | き |
| つましあれば | つ |
| はるばるきぬる | は(→ば) |
| たびをしぞおもふ | た |
「か・き・つ・は・た」= かきつばた。これが折り句(おりく)と呼ばれる技法で、各句の頭に特定の言葉を隠し込むアクロスティックです。
この歌には折り句だけでなく、「唐衣(からころも)」「着つつ」にかかる掛詞(かけことば)、「妻・旅・来ぬ」をつなぐ縁語(えんご)も重ねられており、一首に多重の技巧が詰め込まれています。歌意は「唐衣を着て慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばる来てしまったこの旅がしみじみ思われる」。都に残した妻への切なる恋慕と旅の孤独が、かきつばたの紫色に溶け込んでいます。
この歌は『古今和歌集』にも収録されており、業平が立ち寄ったとされる三河・八橋周辺は今もかきつばたの名所として知られています。

「いずれアヤメかカキツバタ」— 三つの花の見分け方
「いずれ文目(あやめ)か杜若(かきつばた)」は、どちらも甲乙つけがたいことのたとえとして使われる慣用句です。アヤメ・カキツバタ・ハナショウブの三つは見た目が似ていて、古来から混同されてきました。
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| 花 | 生育環境 | 花びらの根元 | 開花時期 |
|---|---|---|---|
| アヤメ(文目) | 乾燥した草地・山野 | 網目(虎縞)模様 | 5月上旬〜中旬 |
| カキツバタ(杜若) | 湿地・池のほとり | 白い細い筋 | 5月中旬〜下旬 |
| ハナショウブ(花菖蒲) | 水辺・湿地 | 黄色い筋 | 6月〜7月 |
最も確実な見分けのコツは「花びらの付け根の模様」と「どこで咲いているか」の二点です。水の中や水辺に群れているならカキツバタ、乾いた野山に咲いているならアヤメ、と場所で判断するのが手軽な方法です。
国宝「燕子花図屏風」— 尾形光琳が描いた王朝の花
江戸時代(18世紀)の絵師・尾形光琳(1658〜1716年)は、かきつばたを主題にした傑作を残しました。東京・根津美術館が所蔵する国宝「燕子花図屏風(六曲一双)」です。
縦151cm・横358cmの金地(金箔を貼った背景)に、群青と緑青のわずか2種類の絵具で描かれたかきつばたが、リズミカルに画面を満たします。遠近感や奥行きを捨て去った平面的・装飾的な配置は、当時としては革新的でした。
この作品は『伊勢物語』「東下り」の記憶を背景に持ちつつ、業平の和歌世界を視覚で表現したものとされています。金・青・緑のわずか3色で「王朝の花」を江戸に召喚した光琳の仕事は、「日本の絵画史全体を代表する作品」と評されています。

杜若色(かきつばたいろ)— 伝統に刻まれた深紫
かきつばたの花の色は日本の伝統色「杜若色(かきつばたいろ)」として、染色・装束・工芸に受け継がれてきました。やや青みを帯びた深い青紫色で、平安時代から高貴な色として扱われてきた紫系の色のひとつです。
「書付花」という語源が示すように、かきつばたの花汁そのものが染料として使われていた歴史を持つ色でもあります。尾形光琳が燕子花図屏風で使った群青もまた、その深紫を表現しようとした試みだったかもしれません。花の色が言葉になり、言葉が絵具に宿る——かきつばたの紫は、そのような連鎖の中で今も息づいています。
まとめ
燕子花(かきつばた)は、「燕子花」という漢字の謎から始まり、在原業平の折り句、国宝の屏風絵、そして伝統色へと広がる——言葉と美が重なり合った花の名前です。5月の湿地に咲く濃紫の花を目にしたとき、「から衣 きつつなれにし……」という千年前の恋歌が頭によぎるようになれば、ことのは図鑑の旅はひとつ深みを増します。
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参考・出典
- 根津美術館「燕子花図」 https://www.nezu-muse.or.jp/jp/collection/detail.php?id=10301 (2026-09-24参照)
- 国立文化財機構 文化遺産活用センター「読み継がれ、広がる王朝文学の世界。伊勢物語とかきつばた」 https://cpcp.nich.go.jp/modules/rblog/1/2022/05/19/blog101/ (2026-09-24参照)
- 愛知県「あいちのシンボル(花・木・鳥・魚)」 https://www.pref.aichi.jp/soshiki/koho/0000019120.html (2026-09-24参照)