
毎年10月になると「今年のノーベル賞の日本人受賞者は?」と日本中が注目する。2026年は10月5日(月)の生理学・医学賞を皮切りに、物理学賞(6日)、化学賞(7日)、文学賞(8日)、平和賞(9日)、経済学賞(12日)と順次発表される予定だ。日本は2025年に坂口志文(医学賞)と北川進(化学賞)がダブル受賞し、歴代の日本出身受賞者は個人30名・1団体に到達している。本記事では、ノーベル賞の意外な成り立ちから、授賞式のしきたり、記録に残る豆知識まで一挙に紹介する。
ノーベル賞の成り立ち|ダイナマイト王が遺した贖罪の遺言
アルフレッド・ノーベル(1833−1896)はスウェーデン出身の化学者・実業家で、1867年にダイナマイトを発明した。ダイナマイトは鉱山開発や建設に革命をもたらしたが、戦争にも転用され「死の商人」と呼ばれることもあった。
転機となったのは1888年、ノーベルの兄ルドルフが死去した際に、一部の新聞が兄と間違えてアルフレッドの訃報を誤報道し「死の商人、死す」と書いたことだ。自分の死後に世間からこう見られることに衝撃を受けたノーベルは、財産の大部分を「人類への貢献を称える賞」に充てるという遺言を作成。1895年11月27日にパリで署名された遺言には、物理学・化学・生理学または医学・文学・平和の5部門への授与が明記されていた。
遺族や親族はこの決定に反発したが、最終的に遺言通りに1901年、第1回ノーベル賞が授与された。なお、ノーベルは生涯独身で子供もいなかった。
経済学賞はじつは「ノーベル賞ではない」
現在の「ノーベル賞」は6部門あるように見えるが、経済学賞はノーベルの遺言に存在しない。正式名称は「アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」といい、1968年にスウェーデン国立銀行が設立した賞だ。ノーベル財団はこの賞を正式なノーベル賞には含めていない立場であり、ノーベルの遺族や一部の有識者からは「本家のノーベル賞に便乗している」という批判もある。
平和賞だけオスロで授与される理由
毎年12月10日(ノーベルの命日)に授賞式が行われるが、物理学・化学・生理学医学・文学・経済学の5賞はスウェーデンのストックホルムで、平和賞だけはノルウェーのオスロで授与される。
この理由はノーベルの遺言に遡る。1895年当時、ノルウェーとスウェーデンは「同君連合」という形で一国に統合されていた(1905年に解体)。遺言にはノルウェー国会が平和賞の選考を担うと明記されており、その伝統が独立後も引き継がれた。現在は「ノルウェー・ノーベル委員会」が選考を担当し、授賞式はオスロ市庁舎で開かれる。
日本人受賞者30名の全記録|1949年の湯川秀樹から2025年まで
1949年の湯川秀樹(物理学賞)を皮切りに、2025年の坂口志文・北川進まで76年間で積み上げた記録を部門別にまとめた。自然科学3賞(物理・化学・医学)の受賞者数は米国・英国に次いで世界3位の水準だ。
物理学賞:12名
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| 受賞年 | 氏名 | 受賞対象(要旨) |
|---|---|---|
| 1949 | 湯川秀樹 | 中間子の存在予言 |
| 1965 | 朝永振一郎 | 量子電気力学の基礎研究 |
| 1973 | 江崎玲於奈 | 半導体トンネル効果の発見 |
| 2002 | 小柴昌俊 | 宇宙ニュートリノの検出 |
| 2008 | 南部陽一郎※ | 素粒子物理における自発的対称性の破れ |
| 2008 | 小林誠 | CP対称性の破れの理論(小林・益川理論) |
| 2008 | 益川敏英 | CP対称性の破れの理論(小林・益川理論) |
| 2014 | 赤崎勇 | 青色LEDの発明 |
| 2014 | 天野浩 | 青色LEDの発明 |
| 2014 | 中村修二※ | 青色LEDの発明 |
| 2015 | 梶田隆章 | ニュートリノ振動の発見 |
| 2021 | 眞鍋淑郎※ | 気候モデリングと地球温暖化予測 |
化学賞:9名
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| 受賞年 | 氏名 | 受賞対象(要旨) |
|---|---|---|
| 1981 | 福井謙一 | フロンティア軌道理論 |
| 2000 | 白川英樹 | 導電性高分子の発見と発展 |
| 2001 | 野依良治 | キラル触媒による不斉合成 |
| 2002 | 田中耕一 | 生体高分子の質量分析法 |
| 2008 | 下村脩※ | 緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見 |
| 2010 | 根岸英一※ | パラジウム触媒クロスカップリング(根岸カップリング) |
| 2010 | 鈴木章 | パラジウム触媒クロスカップリング(鈴木・宮浦カップリング) |
| 2019 | 吉野彰 | リチウムイオン電池の開発 |
| 2025 | 北川進 | 多孔性金属有機構造体(MOF)の開発 |
生理学・医学賞:6名
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| 受賞年 | 氏名 | 受賞対象(要旨) |
|---|---|---|
| 1987 | 利根川進 | 抗体多様性の遺伝的原理の解明 |
| 2012 | 山中伸弥 | iPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立 |
| 2015 | 大村智 | 抗寄生虫薬イベルメクチンの開発 |
| 2016 | 大隅良典 | オートファジーの仕組みの解明 |
| 2018 | 本庶佑 | 免疫チェックポイント阻害因子PD-1の発見 |
| 2025 | 坂口志文 | 制御性T細胞(Treg)の発見 |
文学賞・平和賞
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| 受賞年 | 受賞者 | 部門 |
|---|---|---|
| 1968 | 川端康成 | 文学賞 |
| 1974 | 佐藤栄作 | 平和賞 |
| 1994 | 大江健三郎 | 文学賞 |
| 2024 | 日本原水爆被害者団体協議会 | 平和賞(団体) |
※ 印は受賞時に米国籍を有していた研究者。受賞時の国籍に関わらず日本出身者を全員掲載。日本国籍保持者(受賞時)のみで数えると25名となる。
ポイント:2008年は4名同時受賞という歴代最多の年だった。 物理学賞の南部・小林・益川に加え、化学賞の下村が同年受賞。経済学賞は一度も受賞者が出ていない唯一の分野だ。
授賞式のしきたり|12月10日・燕尾服・晩餐会
授賞式の概要
毎年12月10日、ノーベルの命日に合わせてストックホルムのコンサートホール(物理・化学・医学・文学・経済学賞)とオスロ市庁舎(平和賞)で授賞式が同日開催される。スウェーデン国王から直接メダル・賞状・賞金証書が手渡される。
服装規定と晩餐会
ドレスコードは厳格で、男性は燕尾服(テールコート)または各国の民族衣装、女性はイブニングドレスが求められる。授賞式後には「ストックホルム市庁舎」のブルーホールで約1,300名が招かれる晩餐会が開かれ、さらに翌日には舞踏会が続く。ノーベルウィーク(12月6〜12日)中は受賞者が各地で講演を行う一連のイベントが組まれている。
賞の中身:メダル・賞状・賞金
受賞者には3点セットが贈られる。
- メダル:直径約66mm、重量約175g。1980年以前は純金製だったが、現在は18金に24金メッキを施している
- 賞状(ディプロマ):各委員会がデザインしたオリジナルの芸術作品
- 賞金:2023年以降は1,100万スウェーデン・クローナ(2026年9月時点のレートで約1億5千万円前後)。共同受賞の場合は人数に応じて分配される
記録で見るノーベル賞|年齢・複数回・辞退
年齢の記録
- 歴代最年少:マララ・ユスフザイ(パキスタン)。2014年平和賞を17歳で受賞
- 歴代最高齢:ジョン・B・グッドイナフ(米国)。2019年化学賞を97歳で受賞。リチウムイオン電池の正極材料を開発した研究者
複数回受賞者
ノーベル賞を2回受賞したのは史上4人(および1団体)だけだ。
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| 受賞者 | 1回目 | 2回目 |
|---|---|---|
| マリー・キュリー | 物理学賞(1903) | 化学賞(1911) |
| ライナス・ポーリング | 化学賞(1954) | 平和賞(1962) |
| ジョン・バーディーン | 物理学賞(1956) | 物理学賞(1972) |
| バリー・シャープレス | 化学賞(2001) | 化学賞(2022) |
| 赤十字国際委員会(ICRC) | 平和賞(1917) | 平和賞(1944)(1963年にも受賞で計3回) |
特にマリー・キュリーは異なる2部門での受賞という点で唯一の存在。ジョン・バーディーンは同じ物理学賞を2度受賞した唯一の人物だ。
辞退した受賞者
受賞を固辞した例も存在する。
- ボリス・パステルナーク(ソ連・文学賞 1958年):ソ連当局からの強圧により辞退を余儀なくされた。「ドクトル・ジバゴ」の作者
- ジャン=ポール・サルトル(フランス・文学賞 1964年):「いかなる公的名誉も受けない」という信条を理由に自発的に辞退
- レ・ドゥク・ト(北ベトナム・平和賞 1973年):ベトナム戦争が終結していないことを理由に辞退
死後の受賞は1974年以降禁止
1974年以降、授賞決定時点で生存していることが受賞の要件となった。ただし発表後に受賞者が亡くなった場合は例外として授与される。この規定が設けられた理由は「本人の業績確認や授賞式への出席」を重視するためだ。
知られざるノーベル賞の豆知識
選考プロセスは50年間秘密
選考過程は完全非公開で、誰が候補になっているかは受賞から50年後まで公表されない。最終選考は発表当日の早朝に行われることが多く、マスコミが事前予測しにくい仕組みになっている。
一度に最大3名まで
一つの賞の受賞者は最大3名までというルールがある。4名以上での共同研究成果が受賞対象になる場合、選考委員会はその中から最大3名を選ぶ判断を迫られる。このルール設計が時に批判される理由のひとつだ。
推薦制で自薦はできない
ノーベル賞は自己推薦ができない。世界中の大学教授・研究機関・過去の受賞者などの資格者が推薦候補を提出し、各委員会が選考する仕組みだ。推薦状は厳重に管理され、50年後まで非公開。
日本人が最初に受賞した年
湯川秀樹が受賞した1949年は、太平洋戦争終結からわずか4年後。占領下の日本社会に「科学の力で世界に認められた」という自信と希望を与えた歴史的受賞として知られる。
腕試しクイズ(全5問)
ノーベル賞の豆知識、どこまで知っていたか確認してみよう。
まとめ
ノーベル賞は「死の商人」という汚名を恐れた一人の発明家の遺言から生まれた賞だ。2026年の発表は10月5〜12日。日本の科学者がどの分野で名前を呼ばれるか、授賞式の豆知識を知っておくだけで楽しみ方がひとつ増える。科学の不思議に興味がある人は科学が解き明かした超常現象19選もあわせてどうぞ。
参考・出典
- ノーベル財団公式サイト「Prize announcement dates 2026」https://www.nobelprize.org/prizes/about/prize-announcement-dates/ (2026-09-18参照)
- 国立科学博物館「ノーベル賞について」https://www.kahaku.go.jp/special/past/nobel2002/about_nobel.html (2026-09-18参照)
- Edraw「日本のノーベル賞受賞者一覧【2026年まで】」https://edraw.wondershare.jp/timeline/japanese-nobel-prize-winners.html (2026-09-18参照)