萌黄色(もえぎいろ)とは|春の若草が芽吹く平安の黄緑【ことのは図鑑】

春、土手や野原に目をやると、芽吹いたばかりの草が一面に広がっています。あの、透き通るような明るい黄緑——それが萌黄色(もえぎいろ)です。

草木が「萌え出る」春そのものをうつした色として、平安時代から公家の装束に使われ、平家物語では若武者の鎧の色として記録されました。「萌黄」「萌木」「萌葱」の三字がすべて「もえぎ」と読めるため、色の定義が複雑に入り組んでいる点も興味深い伝統色です。

この記事では、萌黄色の意味・語源・歴史、三つの「もえぎ」の違い、そして似た緑系の伝統色との比較まで、詳しく解説します。日本の伝統色を一覧でご覧になりたい方は、日本の伝統色77色一覧もあわせてどうぞ。

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萌黄色とは

萌黄色(もえぎいろ)は、春に芽吹いたばかりの若草のような、明るく鮮やかな黄緑色の日本の伝統色です。

代表的なカラーコードは #AACF53(RGB: R=170、G=207、B=83)で、複数の色彩研究サイトや和色大辞典が採用しています。ただしWikipedia日本語版は #A9D159(R=169、G=209、B=89)を掲載しており、数値は出典によってわずかに異なります。JIS規格(JIS Z 8102)では「つよい黄緑(Strong Yellow-Green)」に分類され、マンセル値は 4GY 6.5/9 とされています。

英語では「Moe Green」「Spring Green」「Young Leaf Green」と表現されますが、一語でぴったり置き換えられる言葉はなく、「芽吹きの黄緑」という日本的な色の感受性を含む名前です。

三つの「もえぎ」――萌黄・萌木・萌葱の違い

萌黄色を理解するうえで避けられないのが、「もえぎ」と読める三つの漢字表記です。

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表記 読み 色の特徴 カラーコード(目安)
萌黄 もえぎ 明るい黄みがかった黄緑(春の新芽) #AACF53
萌木 もえぎ 青みがかった黄緑(木の新芽の色) #A7BD00前後
萌葱 もえぎ 濃い青緑(葱の根元の色) #006C4F前後

もともとは「萌黄」が主な表記でした。草木が「萌え出る(芽を出す)」黄みがかった緑色という意味で、春を象徴する色として定着していきました。

時代が下るにつれ、黄みの強い緑を「萌黄」と呼ぶようになったため、より濃く青みが強い緑には「萌葱(もえぎ)」という字が当てられるようになりました。「葱(ねぎ)が萌える色」、すなわちネギの芽の根元の濃い青緑を指します。JIS規格では「萌葱」を「暗い緑」として区別しています。

「萌木」は「木の芽が萌え出る色」という意味で、萌黄と萌葱の中間に位置する青みがかった黄緑を指すことが多い表記です。

なお、歌舞伎座の定式幕(黒・柿・萌黄の三色縦縞)に使われているのは正確には萌葱色(濃い青緑)ですが、一般的には「萌黄色の定式幕」と呼ばれることが多く、現代では二者の混用が広く見られます。

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平安貴族が愛した春の色

萌黄色の名が文献に登場するのは平安時代からです。公家の装束(有職装束)に用いられ、季節の色を何枚も重ねて表現する「かさねの色目(いろめ)」にも採用されました。

「萌黄の匂(におい)」と呼ばれるかさねの色目では、表から「淡萌黄→淡萌黄→萌黄→濃萌黄→紅単」と5枚を重ねることで、春の野に芽吹く若草のグラデーションを表現していました。色が層になって見える袖口や裾のぼかしが、生きた植物のような美しさを生み出したのです。

『栄花物語』『宇津保物語』『紫式部日記』など平安時代の文学には、小袿や小衫(ここ)など衣装の色として萌黄が登場します。緑の濃淡を重ねた装束を身にまとい、御所の庭を渡る公家の姿——萌黄色はそうした平安の美意識を体現する色でした。

若武者の鎧が染めた色――平家物語と萌黄

平安から鎌倉時代にかけて、萌黄色は「若さ」と「生命力」の象徴として武家社会にも広まりました。その象徴的な場面が、『平家物語』に記された二つのエピソードです。

敦盛最期――萌黄縅の鎧

一ノ谷の戦い(1184年)。源氏の武将・熊谷直実(くまがいなおざね)は、海へ馬を乗り入れる若い平家の武者に声をかけます。振り返ったその武者は、萌黄匂の鎧を身につけた平敦盛(たいらのあつもり)、わずか16〜17歳の若武者でした(享年については諸説あり)。

直実は幼い我が子と同じ年ごろの敦盛を討ちたくなかったものの、ほかの兵が迫る中、涙をのんで首をとります。そのとき笛を腰に差していた敦盛の姿に、直実は出家を決意したと伝えられています。

若草色の鎧をまとった18歳の少年の儚い最期——萌黄色は、この場面を通じて「若さの象徴」という意味合いを強く持つようになりました。

扇の的――那須与一の萌黄縅

屋島の戦い(1185年)。平家の船上に掲げられた扇の的を射るよう命じられた那須与一(なすのよいち)もまた、萌黄縅の鎧を着た若武者でした(年齢については諸説あり)。

「南無八幡大菩薩……」と祈りを込めた一矢が、波に揺れる扇の要(かなめ)を見事に射落とします。平家も源氏も、鬨の声を上げてその腕を称えたと記されています。

敦盛と与一、ともに若く、ともに萌黄の鎧。『平家物語』の語り手は意識的にこの色を選んだのでしょう。萌え出る草木のように若々しく、そして散り際の美しさを持つ色として、萌黄色は日本人の美意識に深く刻まれました。

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染色技法と江戸時代の普及

萌黄色の染め方は、二段階の重ね染めが基本です。まず黄蘗(きはだ)苅安(かりやす)で黄色に下染めし、その後に藍(あい)を重ねて黄緑に仕上げます(藍を先に染めて後から黄染めする場合もあります)。この技法は江戸時代前期の染色書『萬染物張物相伝』(1693年)にも記録されており、長い歴史を持ちます。

江戸時代には萌黄色が庶民にも広く普及しました。山形屋西川仁右衛門が売り出した萌黄色の近江蚊帳が大流行し、俳人・小林一茶(1763〜1828)は「馬までも、萌黄の蚊帳に寝たりけり」と詠んだと伝わります。かつては貴族の装束の色だった萌黄色が、夏の生活用品として庶民の家に入ってきた時代です。

また江戸時代には鶸萌黄(ひわもえぎ)と呼ばれる派生色も流行しました。鶸(ヒワ)という鳥の羽根の黄みと萌黄を合わせたような中間色で、カラーコードは #82AE46 前後。着物の地色や帯に使われ、江戸の人々に愛されました。

似た緑の伝統色との違い

日本の伝統色には、萌黄と似た緑系の色が複数あります。違いを整理してみましょう。

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色名 カラーコード(目安) 色の特徴 萌黄との違い
萌黄色(もえぎいろ) #AACF53 明るい黄みの黄緑(基準)
若草色(わかくさいろ) #9DC538前後 芽吹いたばかりの草の緑 萌黄より黄みがやや弱く、草らしい緑
鶸色(ひわいろ) #C8D25A前後 鶸の羽根の黄緑 萌黄より黄みが強く明るい
萌葱色(もえぎいろ) #006C4F前後 ネギの芽の濃い青緑 萌黄より大幅に暗く青みが強い
松葉色(まつばいろ) #3B6E3C前後 松の葉の深い緑 萌黄より大幅に暗い渋い緑
若竹色(わかたけいろ) #59AB7E前後 若竹の茎の緑 萌黄より青みが強く濃い
浅緑(あさみどり) #88C97C前後 明るく薄い緑 萌黄より黄みが少なく淡い

萌黄色の特徴は「黄みが強く明るい黄緑」にあります。若草色とよく似ていますが、萌黄のほうが黄みを強く感じる点が違います。松葉色や若竹色のような深みのある渋い緑とは、明るさで大きく異なります。

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現代に生きる萌黄色

萌黄色は現代の日本でも、さまざまな場面に受け継がれています。

着物・七五三では子どもの成長を祝う色として使われます。「萌え出る」命の力強さが、子どもの祝着にふさわしいとされてきた理由です。五月人形の装飾にも萌黄色がよく使われます。

神戸の萌黄の館(旧シャープ住宅・国指定重要文化財)は、明治36年(1903年)に建てられた洋館で、その名のとおり萌黄色の外観が印象的です。異国情緒あふれる神戸の街並みの中で、日本の伝統色が西洋建築に宿る珍しい例として知られています。

パーソナルカラーの世界ではスプリングタイプを代表する色のひとつとされ、明るくフレッシュな印象を与えるため、春の装いや若々しいデザインに積極的に取り入れられています。

まとめ

萌黄色は、春の芽吹きを色にうつした日本の伝統色です。「萌黄・萌木・萌葱」の三字がすべて「もえぎ」と読める複雑な歴史を持ちながら、平安時代の貴族から平家物語の若武者、江戸の庶民の生活まで、時代を超えて愛され続けました。

若草が地を覆う春の野に目をやるとき、あの色に「萌黄色」という名前があることを思い出してみてください。千年以上前の人々も同じ色を愛でていたと知ると、その緑はいっそう深く見えてきます。

他のことのは図鑑の記事は日本の伝統色77色一覧からご覧いただけます。

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