浅葱色(あさぎいろ)とは|新選組の羽織で知られる薄い藍【ことのは図鑑】

浅葱色(あさぎいろ)と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは新選組のだんだら羽織ではないでしょうか。薄い青緑色に染め抜かれたあの衣装は、幕末の動乱を象徴するアイコンとして今も多くの人の記憶に残っています。

しかしこの色の歴史は、新選組よりはるか古くに遡ります。平安時代の官人の装束として文献に登場し、江戸時代には「野暮な田舎侍」の代名詞にもなった——浅葱色は、単なる「新選組の色」にとどまらない、千年を超える物語を持つ日本の伝統色です。

語源からたどる「なぜ葱なのか」という問いから、「浅葱裏」という言葉が生まれた背景、水浅葱との違いまで、日本の伝統色77色一覧の中でも特に有名なこの色を深掘りしてみましょう。

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浅葱色(あさぎいろ)とは

浅葱色は、若い葱の葉のような薄い青緑色の伝統色です。青と緑の中間に位置する鮮やかな色で、JIS規格では「あざやかな緑みの青」と定義されています。英語名はターコイズブルー(Turquoise Blue)に相当し、現代のデザイン・印刷の現場でも標準色として使われています。

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項目
HEXコード #00A3AF
RGB R:0 / G:163 / B:175
英語名 Turquoise Blue(ターコイズブルー)
JIS規格 あざやかな緑みの青

※カラーコードは資料によって微差があり、#00A5BFと記載するものもあります。

語源・成り立ち

「浅葱(あさぎ)」という名の由来は、「浅い葱の葉の色」です。「浅」は薄い・淡いを意味する接頭語で、若い葱の葉が持つ薄い青緑をそのまま色名にしました。葱(ねぎ)の若芽は黄緑がかった薄い青をしており、その清涼感のある色を「浅葱」と呼んだのです。

「浅葱色」と「浅黄色」——ふたつの「あさぎいろ」

紛らわしいのが「浅黄色(あさぎいろ)」との混同です。「浅葱」は葱の葉の色(薄い青緑)、「浅黄」は薄い黄色を指す別の色なのですが、どちらも「あさぎいろ」と読むため、古くから混同が起きていました。江戸時代の有識者・伊勢貞丈(いせさだたけ)がこの混同を戒める記述を残しており、現代でも「浅葱」と「浅黄」が混在することがあります。

また、浅葱色が指す色合いは時代によって変化してきました。平安時代の「浅葱色」は現在より黄味がかった色に近いとされており、時代を経るにつれて現在の「鮮やかな緑みの薄い青」の意味に定着していったと考えられています。

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浅葱色の歴史——平安貴族から江戸の粋まで

平安時代——六位以下の官人の袍の色

浅葱色の記録は平安時代に遡ります。律令制のもと、官人の装束の色は身分によって定められており、浅葱色は「六位以下の官人の袍の色」として制度化されていました。『枕草子』や『源氏物語』にも記述が見られ、「浅葱」の名で官人の階位を指すほど、貴族社会の色彩体系に深く組み込まれた色だったのです。

江戸時代——流行から「野暮の象徴」へ

江戸時代の前期、浅葱色の木綿が庶民の間で流行します。しかしやがて流行が廃れると、時代遅れの裏地を使い続ける人々が現れます。地方から江戸に上ってきた下級武士(参勤交代の武士)が、古い浅葱木綿を羽織の裏地に使い続けたのです。

江戸の粋を知る町人や上級武士の目には、その時代遅れの裏地が「田舎臭さ」の証明に映りました。こうして生まれたのが「浅葱裏(あさぎうら)」という言葉——「見た目は立派でも中身はみすぼらしい、粋を解さない野暮な人間」を揶揄する表現です。

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「浅葱裏」——江戸の粋が生んだ言葉

「浅葱裏」は落語や歌舞伎にも登場し、江戸の流行語として定着しました。司馬遼太郎の小説にも登場するため、現代でも広く知られています。

この言葉の面白いところは、「浅葱色そのもの」が悪いわけではなく、「流行が過ぎた後もそれを使い続ける時代遅れさ」が揶揄されている点です。粋(いき)と野暮(やぼ)の対比を重んじた江戸の美意識が色名に宿った、稀有な例といえるでしょう。

新選組のだんだら羽織

「浅葱裏」として野暮の象徴にもなった浅葱色が、幕末に突然脚光を浴びます。新選組のだんだら羽織です。

なぜ浅葱色が選ばれたのか

浅葱色のだんだら羽織が採用された経緯については、複数の説があります。

ひとつは「会津藩の身分制との関係」説。新選組は会津藩の庇護のもとに活動しており、会津藩の制服制度において最下層に相当する色が浅葱色だったという説です。もうひとつは「赤穂義士へのオマージュ」説。局長・近藤勇が大石内蔵助ら赤穂浪士を強く敬慕しており、その精神を受け継ぐ意図で浅葱色を選んだというものです。いずれも確定的な史料は残っておらず、諸説ある状態です。

実はほとんど着ていなかった

多くの人が知らない事実として、あのだんだら羽織が実際に着用されていた期間は非常に短いとされています。材質が安物で粗末だったため、隊士たちはすぐに着なくなり、近藤勇・土方歳三・芹沢鴨もほとんど着用しなかったという記録が残っています。着用されたのは結成から1年ほどという説が有力で、現存する本物の羽織はいまだ発見されていません。

それでも、1864年の池田屋事件以降、浅葱色のだんだら羽織は京の民衆に「恐怖と力の象徴」として刻まれ、幕末の記憶と深く結びつきました。「野暮の象徴」から「幕末最強集団の象徴」へ——浅葱色が短期間で意味を塗り替えた、劇的な転換点でした。

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水浅葱・萌葱色との違い

浅葱色と混同されやすい類似色を整理します。

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色名 HEX 特徴
水浅葱(みずあさぎ) #80ABA9 灰みを帯びた淡い青緑。浅葱色をさらに水で薄めたような柔らかさ
浅葱色(あさぎいろ) #00A3AF 鮮やかな緑みの青。彩度が高くはっきりした色
萌葱色(もえぎいろ) 葱の芽が萌え出る色。浅葱色より緑みが強く、深みのある暗緑系の色

浅葱色と水浅葱の最大の違いは彩度です。浅葱色はRGB値でR:0のくっきりした青緑であるのに対し、水浅葱はR値が高く灰みを帯び、全体的に柔らかくくすんで見えます。神職の袴の色には浅葱色や水浅葱が使われており、清浄さを象徴する色として神道文化に受け継がれています。

萌葱色(もえぎいろ)は「萌え出る葱の芽の色」で、浅葱色より緑が強く、深みのある暗緑系の別の色です。新選組の研究でも浅葱色と萌葱色が混同されることがありますが、実際には異なる色なので注意が必要です。

なぜ「浅葱色」は今も特別な色なのか

浅葱色には、他の伝統色にはない稀な特性があります。それは「歴史的に意味が何度も塗り替えられた色」だということです。

平安時代には官位の象徴として格式を持ち、江戸時代には流行と「野暮の象徴」という正反対の評価を経験し、幕末には新選組によって「恐怖と誇りの色」として再評価される——ひとつの色がこれほど多様な文化的文脈を背負った例は珍しいといえます。

現代でも、アニメ・ゲーム・マンガで新選組が描かれる際には必ずといっていいほどだんだら羽織の浅葱色が登場します。和風デザインのブランドコーポレートカラーや着物・浴衣の配色にも使われ、「日本らしさ」を表す色のひとつとして生き続けています。

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まとめ

浅葱色は、若い葱の葉に由来する薄い青緑の伝統色です。平安時代に六位以下の官人の袍として制度化され、江戸時代には流行の盛衰から「浅葱裏」という言葉を生み出し、幕末には新選組のだんだら羽織で日本人の記憶に刻まれました。「野暮の象徴」から「幕末最強集団のシンボル」へ——浅葱色が歩んできた歴史は、日本の文化と美意識の縮図といっても過言ではありません。

他の日本の伝統色についてはこちら→日本の伝統色77色一覧|和色の読み方・HEXコード・由来まとめ

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