蘇芳色(すおういろ)とは|平安から愛された深紫の染料と禁色の歴史【ことのは図鑑】

赤でも紫でもない——蘇芳色(すおういろ)は、両者の境界に宿る、くすんだ深い赤紫色です。平安の貴族が纏った装束の裏地に、正倉院の薬物棚に、そして天皇の袍(ほう)の染料の中に、この色は千年以上にわたって静かに存在してきました。その出発点は、遠くマレー半島の熱帯雨林に生える一本の木にあります。

この記事は「日本の伝統色77色一覧」の姉妹記事です。他のことのは図鑑の記事もあわせてお楽しみください。

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蘇芳色とは

蘇芳色(すおういろ)は、くすんだ赤みがかった深い紫色の日本の伝統色です。近似HEXコードは #9e3d3f とされており、明るい赤でも鮮やかな紫でもない、渋みと深みを兼ね備えた色調が特徴です。

漢字表記は「蘇芳色」「蘇方色」「蘇枋色」の3種類があり、いずれも読みは「すおういろ」です。JISの慣用色名としても正式に登録されており、和装・漆器・インテリアの色名として現代でも使われています。

この名前は、染料に使われる植物「蘇芳(すおう)」に由来します。蘇芳の木の心材(木の内部の色の濃い部分)を煮出して染液を作り、その染料で染めた色が蘇芳色と呼ばれるようになりました。

語源・蘇芳木の正体と伝来

「蘇芳」という名前は、マレー語で「サパン(sapang)」と呼ばれる木の名前に由来します。この木が中国に伝わると「蘇芳(スーファン)」と音写され、日本には中国経由で「スオウ」として定着しました。漢字の「蘇芳」「蘇方」「蘇枋」は意味ではなく音を当てた表記です。

蘇芳の木(学名:Biancaea sappan)はマメ科の熱帯性小高木で、インドやマレー半島が原産地です。外見は地味な木ですが、幹の内側を割ると鮮やかな赤紫色の心材が現れます。この心材に含まれる色素成分がブラジリン(brazilin)です。ブラジリン自体はほぼ無色ですが、空気中で酸化されると赤橙色のブラジレイン(brazilein)に変化します。これが媒染剤と組み合わさることで赤紫系の染料として機能します。媒染剤の種類によって発色が変わるのも特徴で、ミョウバン(アルミ媒染)では赤みが強まり、鉄媒染では紫みが深まります。

なお、「ブラジリン」という色素名は同じマメ科の別種「ブラジルボク(Caesalpinia echinata)」に由来します。ポルトガルが南米で大量に採掘した染料木「パウ=ブラジル(Pau-brasil)」が「ブラジル」という国名の起源とされており、蘇芳とブラジルボクは別種ながら同属に属し近似した色素を持っています。

蘇芳はインド・東南アジア原産のため日本国内では育たず、中国を経由して輸入されてきました。日本には飛鳥〜奈良時代(7〜8世紀)頃に伝わったとみられており、その証拠のひとつが正倉院(奈良・東大寺)に収蔵された蘇芳です。正倉院宝物の中には染料・薬物として蘇芳が保存されており、8世紀の日本でこの木がすでに重用されていたことが確認できます。輸入品であった蘇芳は、国内で採れる茜(あかね)に比べて希少価値が高く、その希少性が「高貴な色」という格式を生みました。

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平安時代の蘇芳色と禁色

奈良〜平安時代の日本では、衣服の色が身分を示す重要なしるしでした。『延喜式』(えんぎしき・927年)には着用色の規定があり、蘇芳を濃く染めた深蘇芳(ふかきすおう)は禁色のひとつとして臣下の着用が禁じられていました。

天皇が着用する黄櫨染(こうろぜん)の袍は、ハゼの樹皮と蘇芳の心材を合わせて染めた色です。延喜式縫殿寮には具体的な配合まで記されており、綾1疋に対してハゼ14斤・蘇芳11斤を使うと規定されていました。黄櫨染は天皇のみが着用できる絶対的な禁色であり、蘇芳はその染料として特別な格式を帯びていました。蘇芳色そのものが厳密な意味での禁色だったわけではありませんが、最高位の禁色を生み出す素材として、平安人が蘇芳に特別な敬意を抱いたことは想像に難くありません。

平安時代の装束では、複数の色を重ねた「襲(かさね)の色目」の美が重視されました。蘇芳色は、表地の紅梅色(明るいピンク)に対して裏地に配する「紅梅重ね」として使われ、外から見える明るさと内側に秘めた深みが美を演出しました。

赤系伝統色の染料の違い

日本の伝統色には「赤系」に見えながら、染料も発色もまったく異なる色が複数あります。混同されやすい4色の違いをまとめます。

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色名 染料 原産地 色の特徴
蘇芳色(すおういろ) 蘇芳木(ブラジリン) インド・マレー半島 くすんだ深い赤紫
茜色(あかねいろ) 茜草(アリザリン) 日本ほか やや黄みがかった暗い赤
韓紅(からくれない) 紅花(カルタミン・高濃度) 中東経由 鮮やかで深い緋色
燕脂色(えんじいろ) 紅花またはコチニール 中東・中南米 紫みを帯びた深い赤

茜色は日本国内で採れる茜草が原料のため比較的手に入りやすく、庶民にも広く使われた色です。一方、蘇芳は高価な輸入品、韓紅も大量の紅花を要する高級色でした。燕脂色は紅花またはコチニールカイガラムシ由来で、蘇芳色よりさらに深みのある赤紫です。

薄く染めれば淡く、濃く染めれば深く、重ねれば中間の色——平安の染師たちはこうした組み合わせを駆使して、官位や季節ごとに異なる微妙な色の階調を生み出していました。現代では蘇芳の木を染料として使う機会は少なくなりましたが、「蘇芳色」という色名は和装・インテリア・デザインの世界で伝統色として生き続けており、深みのある赤紫を指す美しい言葉として定着しています。

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まとめ

蘇芳色は、マレー半島の熱帯樹木「蘇芳」の心材がたどった旅の色です。東南アジアから中国を経て正倉院に収まり、平安貴族の装束の裏に息づき、天皇の袍の染料として格式を与え、現代のデザインへと受け継がれてきました。赤と紫のはざまで静かに光るこの色には、染料と歴史と美意識が重なり合っています。

ことのは図鑑では、蘇芳色のような日本語の美しい表現を一語ずつ丁寧に掘り下げています。「日本の伝統色77色一覧」もあわせてご覧ください。

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