鴇色(ときいろ)とは|朱鷺の羽根に宿る絶滅と復活の伝統色【ことのは図鑑】

日本の伝統色には、その名を知るだけで一羽の鳥の記憶を呼び起こすものがある。「鴇色(ときいろ)」がそのひとつだ。柔らかな桜ピンクと淡い橙が溶け合うような色は、日本固有の鳥・朱鷺(とき)の羽根から生まれた。その鳥は2003年に国内で野生絶滅が宣言されており、鴇色はある意味で「もう日本の野山では見られない色」を名前に刻んでいる。ことのは図鑑では、伝統色「鴇色」の語源・字源・朱鷺の絶滅と復活のドラマ・江戸の着物文化との関わりを深掘りする。

日本の伝統色206語を収録した基幹記事「美しい日本語の言葉206選」や、色の一覧を見たい方は「日本の伝統色77色一覧」もあわせてどうぞ。

スポンサーリンク

鴇色(ときいろ)とは

鴇色(ときいろ)は、ほんのりと橙みを帯びた淡い桜ピンクの伝統色だ。JIS慣用色名では「明るい赤みがかったオレンジ系のピンク」と定義され、カラーコードはおおよそ #F4B3C2(環境によって若干異なる)。

白と見まがうほど淡いのに、純白でも桜色でもない。そこには確かに橙みがある。それが、朱鷺の羽根そのものの色だ。

← 横にスクロールできます →

項目 内容
読み ときいろ
別名 鴇羽色(ときはいろ)・鴇羽(ときは)
系統 赤系(淡い桜ピンク〜薄橙)
カラーコード(目安) #F4B3C2
由来 朱鷺(ニッポニア・ニッポン)の羽根の色
主な用途 着物・帯・染め物(江戸〜明治)

語源・「鴇」という字の謎

難読な字「鴇」

「鴇色」の「鴇」は、一般にはほとんど使われない難読字だ。「時」(とき)とも「勺」(しゃく)とも読めそうで混乱するが、正しくは「鴇」(とき)と読む。

部首は「鳥(とり)」。右半分の音符「ト」の部分が「ト」という音を担い、「鳥」が意味を表す形声文字(音符と意符を組み合わせた漢字)とされる。日本語では古くから「とき」と呼んできたが、この字が公式に定着したのは比較的近代のことで、古い文献では「鴾」という異体字や、単に「とき」とひらがなで書かれることも多かった。

中国と日本で指す鳥が違う?

興味深いのは、「鴇」という字は中国語では別の鳥(オオノガン)を指すという点だ。中国語の「鴇」(bǎo)はノガン科の大型鳥類で、日本の朱鷺とは全くの別種。日本では「とき」という呼び名があり、後から「鴇」という漢字を当てたとされる。つまり「鴇色」という名は、日本人が「朱鷺の羽根の色」を表すために、輸入漢字に独自の動物をあてはめた和製の用法に由来するのだ。

スポンサーリンク

朱鷺(ニッポニア・ニッポン)という鳥

鴇色のもとになった朱鷺(とき)の正式な学名は Nipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)。この学名自体が「日本の日本」という意味を持ち、文字どおり日本固有の鳥として位置づけられてきた。

翼を広げると羽根の裏側がほんのりとした橙ピンクに輝く。この色は「鴇羽色(ときはいろ)」とも呼ばれ、羽毛の色が強く出る繁殖期(春〜初夏)には特に鮮やかになる。普段は白〜灰白色に見えるが、日差しを浴びて翼を広げたとき、淡い桜色と橙の混ざり合いが一瞬だけ現れる。それが鴇色の源だ。

朱鷺はかつて日本各地で見られた身近な鳥だった。田んぼや湿地でドジョウやカエルを捕り、晩秋には群れをなして越冬した。万葉集にも「白鴇(しらとき)の 羽(は)に降る雪」と朱鷺の白さを詠み込んだ歌が残されており、古代から日本人に親しまれてきた。

野生絶滅と復活のドラマ

2003年、国内野生絶滅

明治以降、乱獲・農薬の普及・湿地の開発が重なり、朱鷺は急速に数を減らした。国の天然記念物に指定されるなど保護の努力が続けられたが、1981年に国内に生息していた最後の5羽が佐渡島で保護捕獲された(野生の個体を一時的に守るための措置)。そして2003年10月10日、最後に飼育されていた「キン」が死亡し、日本産の朱鷺は絶滅した。

「ときいろ」という色名が、もう日本では見られない鳥の羽根の色を宿す言葉になった瞬間だった。

中国からの個体と佐渡での復活プロジェクト

絶滅の前から、日本と中国は共同で保護に取り組んでいた。1999年、中国から一対の朱鷺「友友(ようよう)」と「洋洋(ヤンヤン)」が日本に贈られた。これを基礎に、佐渡島で繁殖・飼育・野生復帰のプロジェクトが始まった。

2008年から段階的に野生放鳥が始まり、2020年時点で推定458羽(佐渡島を中心)まで回復している。赤米農法など農薬を減らした農業との共存が成果を生んでいる。朱鷺の鴇色は、絶滅の記憶と同時に、人間の努力が生み出した復活の色でもある。

スポンサーリンク

江戸の着物文化と鴇色

上品な淡紅として愛された

江戸時代、鴇色は女性の着物・帯・腰巻の地色として広く使われた。白に近い淡さと、そこに宿るかすかな橙ピンクが「上品さ」「品格」「はんなりとした艶」を感じさせるとして、特に武家・上流階級の女性に好まれた色だ。

染料としては主に紅花(べにばな)を薄く使い、藍や蘇芳(すおう)でわずかに調整する方法が取られた。紅花を濃く使えば紅・深緋(こきひ)になるが、ごく淡く使うことで鴇色特有の柔らかさが生まれる。

桜色・桃色・薄紅との違い

鴇色はしばしば桜色・桃色と混同される。3色の違いを整理するとこうなる。

← 横にスクロールできます →

色名 特徴 違い
桜色(さくらいろ) 白みが強い淡いピンク 橙みがほぼなく、純粋な淡紅
鴇色(ときいろ) 淡いピンクに橙みがある 桜色より若干暖かみがある
桃色(ももいろ) 明るくはっきりしたピンク 鴇色より彩度が高い
薄紅(うすくれない) 少し赤みのある淡紅 鴇色より赤みが勝る

鴇色の微妙さは「桜色とも桃色ともいえない、朱鷺の羽根だけに宿る柔らかさ」にある。

スポンサーリンク

鴇色が宿す記憶

ある色の名を知ることが、その名が示す生き物の記憶を引き受けることになる。「鴇色」を覚えると、自然とニッポニア・ニッポンという鳥の姿が脳裏に浮かぶようになる。

桜色でも桃色でも表現しきれない、かすかに橙みを帯びた淡いピンク。日本人はその微妙な差を切り取り、一羽の鳥の名をつけた。2003年、その鳥は日本の野から消えた。しかし色名はそのまま残り、佐渡での復活プロジェクトとともに今も生き続けている。

「鴇色」という言葉を使うとき、それはただ色を指定しているのではなく、絶滅と復活のドラマをごく小さな形で次世代へ手渡していることでもある。

まとめ

鴇色(ときいろ)は、朱鷺(ニッポニア・ニッポン)の羽根が日光を受けたときに輝く、淡い桜ピンクと橙が溶け合った伝統色だ。「鴇」の字は難読で、もともと中国語では別の鳥を指す字を日本独自に当てたもの。江戸時代には着物の上品な淡紅として愛された一方、2003年には日本産の朱鷺が野生絶滅し、現在は佐渡島での復活プロジェクトで400羽以上まで回復している。色の名を知ることは、その名を宿す生き物の記憶を持つことでもある。

他のことのは図鑑の記事は「美しい日本語の言葉206選」から、日本の伝統色の一覧は「日本の伝統色77色一覧」でご覧いただけます。

一緒に読まれている人気記事


スポンサーリンク

X でフォローしよう!

おすすめの記事