
「さきほど切り出した話ですが」「一度別れて考えましょう」——結婚式のスピーチでこんな言葉を使ったら、会場が凍りつくかもしれません。日本には、忌み言葉(いみことば)という「その場にそぐわない不吉な言葉」を避ける文化があります。
本記事では、結婚式・葬儀・お見舞い・年賀状など、シーン別のNGワード82件と言い換え例を一覧でまとめました。言霊信仰に根ざした奥深い言語文化として、スピーチや手紙を書く前にぜひチェックしてみてください。
忌み言葉とは?言霊信仰と歴史
忌み言葉とは、縁起が悪い・不吉な出来事を連想させるとして、特定の場面で使用を避ける言葉のことです。結婚式・葬儀・お見舞いなど改まった席はもちろん、年賀状や日常会話にも及ぶ広い文化的慣習です。
言霊信仰が背景にある
その根底にあるのが「言霊(ことだま)」という思想です。日本では古来、声に出した言葉には霊的な力が宿り、良い言葉を発すれば吉事が、不吉な言葉を発すれば凶事が起こると信じられてきました。
日本最古の歌集『万葉集』にも「言霊の幸ふ国(ことだまのさきわうくに)」という表現が登場するほど、言葉の力を大切にする文化が根付いていました。
歴史的なルーツは平安時代にある
平安時代に編纂された法典『延喜式(えんぎしき)』(927年)には、斎宮(さいぐう)の忌み詞が記録されています。斎宮とは伊勢神宮に仕える皇族女性のこと。清浄を保つため、死・病気・血を連想する言葉を特別な言い回しに替えていました(例:「死」→「直り物・なほる」、「病」→「慰み(やすみ)」、「血」→「汗(あせ)」)。
この慣習が武家・庶民へと広がり、現代のマナー文化として受け継がれたと考えられています。
シーン別・忌み言葉一覧
場面によって避けるべき言葉は異なります。結婚式・葬儀・お見舞い・年賀状の4シーンに分けて整理しました。
結婚式の忌み言葉(30語)
結婚式では「別れ・離婚を連想させる言葉」と「再婚(繰り返し)を連想させる重ね言葉」の2種類が主なNGです。
別れ・離別を連想させる言葉(17語)
| 忌み言葉 | なぜNG? | 言い換え例 |
|---|---|---|
| 切る・切れる | 縁が切れるを連想 | おしまいにする |
| 別れる | 離婚を直接連想 | —(使わない) |
| 離れる | 離婚・別離を連想 | —(使わない) |
| 去る | 別れ・縁切りを連想 | 後にする |
| 終わる | 関係の終わりを連想 | 締めくくる |
| 破れる | 破局・破婚を連想 | —(使わない) |
| 帰る・帰す | 花嫁が実家に帰るを連想 | お開きにする |
| 返す | 縁を手放すイメージ | —(使わない) |
| 流れる | 縁談が流れるを連想 | —(使わない) |
| 消える | 存在・縁の消滅を連想 | —(使わない) |
| 飽きる | 相手への飽きを連想 | —(使わない) |
| 壊れる | 家庭・関係の崩壊を連想 | —(使わない) |
| 失う | 大切なものを失うを連想 | —(使わない) |
| ほどける | 縁がほどけるを連想 | 緩む |
| 苦しい | 苦(く)=9の語呂合わせ | 大変な・難しい |
| 嫌い | 感情的な拒絶を連想 | 得意でない |
| 死ぬ | 最大の不吉 | —(絶対に使わない) |
重ね言葉(再婚・繰り返しを連想させる・13語)
| 忌み言葉 | なぜNG? | 言い換え例 |
|---|---|---|
| 重ね重ね | 繰り返しを連想し再婚を示唆 | 心より |
| たびたび | 同上 | 今回 |
| くれぐれも | 同上 | どうぞ |
| しばしば | 繰り返しを連想 | —(言い換え) |
| 度々 | 同上 | —(言い換え) |
| 次々と | 次が続くことを連想 | 引き継いで |
| 再び | もう一度=再婚を連想 | —(使わない) |
| またまた | 再婚を連想 | —(使わない) |
| 皆々様 | 重ね表現 | 皆様 |
| かさねがさね | 重ね表現そのもの | 誠に |
| 返す返す | 同上 | 本当に |
| まだまだ | 繰り返しのニュアンス | さらに |
| いよいよ | 繰り返しのニュアンス | とうとう・ついに |
「ますます」「いよいよ」については許容する考え方もあります。厳密さはお式の雰囲気によって異なります。
葬儀・お悔やみの忌み言葉(24語)
葬儀では「不幸が重なる・続く」という意味を持つ言葉、死を直接表す言葉、宗教的に合わない言葉の3種類が主な注意点です。
重ね言葉(不幸が重なるを連想・9語)
| 忌み言葉 | なぜNG? | 言い換え例 |
|---|---|---|
| 重ね重ね | 不幸が重なるを連想 | 誠に |
| たびたび | 繰り返しを連想 | このたびは |
| 度々 | 同上 | —(言い換え) |
| しばしば | 同上 | —(言い換え) |
| くれぐれも | 同上 | どうぞ |
| 返す返す | 繰り返し | 本当に |
| 次々 | 不幸が次々続くを連想 | —(使わない) |
| 再三 | 繰り返しを連想 | 何度も |
| またまた | 同上 | —(使わない) |
続き言葉(不幸が続くを連想・5語)
| 忌み言葉 | なぜNG? | 言い換え例 |
|---|---|---|
| 追って | 続いて=次の不幸を連想 | 後ほど |
| 続いて | 不幸が続くを連想 | —(使わない) |
| 引き続き | 同上 | —(使わない) |
| 再び | 再び同様の不幸を連想 | —(使わない) |
| またの機会に | 再び来ることを連想 | —(使わない) |
死を直接表す言葉(5語)
| 忌み言葉 | 言い換え例 |
|---|---|
| 死ぬ・死亡 | ご逝去・お亡くなりになる |
| 急死 | 急なご不幸 |
| 生きていた間 | お元気なころ・ご生前 |
| 死体・遺体 | ご遺体(敬称付き) |
| 自殺 | 自ら命を絶つ(状況により) |
宗教によって異なる言葉(5語・要注意)
| 言葉 | 注意点 |
|---|---|
| 冥福(めいふく) | 仏教用語。神道・キリスト教では不適切 |
| 成仏(じょうぶつ) | 仏教のみ適切。他宗教では使わない |
| 天国 | キリスト教的表現。仏教では「浄土」を使う |
| 安らかに眠る | キリスト教的ニュアンス。仏教では「成仏する」 |
| ご冥福をお祈りします | 仏教のみ適切。神道・キリスト教では使わない |
近年は宗教を問わない「お悔やみ申し上げます」「哀悼の意を表します」を使うケースが増えています。
お見舞いの忌み言葉(11語)
お見舞いでは、病気の長期化・悪化・再発を連想させる言葉を避けます。
| 忌み言葉 | なぜNG? | 言い換え例 |
|---|---|---|
| 重ね重ね | 重ね言葉(症状悪化を連想) | 誠に |
| たびたび | 繰り返し | —(使わない) |
| くれぐれも | 重ね言葉 | どうぞ |
| 長引く | 病気が長引くを直接連想 | —(使わない) |
| 再び | 再発を連想 | —(使わない) |
| 再発 | そのまま再発を連想 | —(使わない) |
| 苦しい | 苦痛・苦労を連想 | 大変な |
| 死ぬ・死亡 | 直接的すぎる | —(絶対に使わない) |
| 枯れる・弱る | 生命力の衰えを連想 | —(使わない) |
| 末期 | 終末を直接連想 | —(使わない) |
| 一生残る | 後遺症を連想させる | —(使わない) |
年賀状の忌み言葉(9語・表現)
年賀状では「去る」がつく言葉や衰退・終わりを連想させる表現を避けます。
| 忌み言葉・NG表現 | なぜNG? | 言い換え例 |
|---|---|---|
| 去年(きょねん) | 「去る」は別れを連想 | 昨年・旧年 |
| 終わる年 | 年の終わりを連想 | —(使わない) |
| 衰える | 衰退を連想 | —(使わない) |
| 枯れる | 生命の終わりを連想 | —(使わない) |
| 死・苦(4・9) | 縁起が悪い数字に通じる | 別の表現 |
| 追われる | 追い詰められるを連想 | —(使わない) |
| 一月一日 元旦 | 「元旦=一月一日の朝」なので重複 | 元旦/一月一日 |
| 新年あけましておめでとう | 「新年=明けること」の重複 | あけましておめでとうございます |
| 句読点(、。) | 文に区切りをつけること=縁起が悪いとされる | 句読点なしで書く |
忌み言葉にまつわる豆知識
職業別の独自忌み言葉——山言葉と沖言葉
忌み言葉は冠婚葬祭に限らず、特定の職業集団も独自のものを持っていました。山の神・海の神を怒らせないための「業界用語」です。
マタギ(山の猟師)の山言葉
東北地方の伝統的な猟師集団「マタギ」は、山に入る際に日常の言葉を山専用の隠語に言い換えていました。直接名を呼ぶことで山の神・動物の霊を怒らせると信じていたためです。
| 普通の言葉 | 山言葉(例) | 理由 |
|---|---|---|
| 熊(くま) | 山の主・親父(おやじ) | 直接名前を呼ぶと怒らせると信じた |
| 猿(さる) | えてんこ・おんつぁま(地域差あり) | 「去る」の音が縁起悪い |
| 蛇(へび) | 長い・長もの | 直接呼ぶと危険が増すと信じた |
| 死ぬ | 倒れる・こける | 死の予言を避けるため |
漁師の沖言葉
日本の漁師も、船上や沖での言葉遣いに独自のタブーがありました。
| 普通の言葉 | 沖言葉 | 理由 |
|---|---|---|
| 猿(さる) | えて・えてこ | 「去る」の音が縁起悪い |
| 梨(なし) | ありの実 | 「無し(なし)」に通じ縁起が悪い |
| 茶(ちゃ) | 別の語(地域差あり) | 「散る(ちる)」に近い音で避ける |
| お陀仏(おだぶつ) | —(絶対に使わない) | 溺死を連想させる |
現代にも残る忌み言葉の影響
昔からの忌み言葉文化は、形を変えながら今日まで続いています。
- 数字の「4」と「9」:四(し)=死、九(く)=苦に通じるため、病院の病室番号や駐車場に4・9・49などを使わない施設が多くあります。
- 「スルメ」→「アタリメ」:スル(掏る=お金を失う)が縁起悪いとして、賭け事や縁起を担ぐ場では「アタリメ」と言い換える習慣が残っています。
- 梨(なし)→「ありの実」:「無し」に通じるとして、地域によっては梨を「ありの実」と呼ぶ慣習があります。
まとめ
忌み言葉は、古来の言霊信仰に根ざした日本独自の言語文化です。本記事では82件のNGワードをシーン別に整理しました。
- 結婚式:別れ・離婚を連想する言葉と重ね言葉(30語)
- 葬儀:重ね言葉・続き言葉・死の直接表現・宗教的NG(24語)
- お見舞い:悪化・再発を連想する言葉(11語)
- 年賀状:「去る」がつく言葉・重複表現・句読点(9語・表現)
最初は覚えるのが大変に思えますが、相手への思いやりから生まれたマナーと理解すると、自然と使える言葉が選べるようになります。スピーチや手紙を書く前に、この一覧を見返してみてください。












