
江戸時代には、現代では想像もしないような職業が数多く存在していました。棒手振り・飛脚・瓦版屋・幇間・傘張り浪人……江戸の町では100万人以上の人々が、今では消えてしまった仕事で生計を立てていたのです。
本記事では、江戸時代の職業を50種以上カテゴリ別に解説します。仕事の内容・収入・身分との関係、さらに現代との比較まで掘り下げているので、日本史の雑学として、また創作の資料としてもお役立てください。
江戸時代の職業の特徴
身分と職業の関係
江戸時代の社会は「士農工商」を基盤とした身分制度で成り立っていましたが、「農が工・商より上」というのは後世の誤解とも言われています。実態は複雑で、身分ごとに就ける職業はおおむね決まっていたものの、下級武士が内職を持ったり、奉公から身を立てて大商人になったりと、一定の流動性も存在しました。
武家の子は武士の役職を継ぎ、商人の子は商人を、職人の子は職人を継ぐのが基本でした。農民も、農業だけでなく農閑期に副業(機織り・炭焼き・行商など)をこなすことが一般的でした。
江戸の職業はなぜ多い?
江戸の職業が現代より「多彩」に見える最大の理由は、分業が極めて細かく進んでいたからです。現代なら「スーパーの惣菜売り場」でまとめて扱う食品が、江戸では「豆腐売り」「魚売り」「煮売り屋」「甘酒売り」に細分化されていました。
江戸時代の記録書『守貞謾稿(もりさだまんこう)』には、行商の種類だけで数百種が列挙されています。火事で焼けた後片付けを専門とする「焼け場師」、雨の日だけ傘を貸す「傘貸し」のような超専門職も存在しました。
江戸時代の職業一覧(カテゴリ別)
建築・工事の職人

江戸の「華形三職」とも称された大工・左官・鳶は、「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉どおり頻繁に起きる大火のたびに活躍し、常に需要のある職業でした。
大工は木造建築の棟梁として住宅・寺社・橋を建設しました。熟練大工の日当は300〜400文(現代換算で約4,500〜6,000円)と、江戸の職人のなかでも高収入の部類でした。
左官(さかん)は壁土を塗る職人で、防火性の高い土壁・漆喰壁の施工が主な仕事でした。「江戸の左官は腕が命」とされ、繊細な技術が求められました。
鳶(とび)は高所での足場組みや建材運搬を担う職人です。町火消しと兼業する鳶も多く、火事の現場では最前線で働く危険な職業でした。その気概と男気が「江戸っ子」の象徴ともなりました。
その他の建築系職人として、畳を作る畳職人、桶・樽を作る桶職人、木製家具を作る指物師(さしものし)、障子・雨戸など建具を作る建具師なども、日常生活を支える重要な存在でした。
ものづくり・工芸の職人
刀鍛冶は武家社会の象徴である刀剣を作る職人です。一振りを完成させるには数週間を要し、名刀は現代価値で数百万円以上になりました。泰平の世が続く江戸時代でも「武士の魂」として刀の需要は続き、刀鍛冶は安定した職業でした。
染物師は布を染める職人です。江戸中期以降は「江戸紫」「江戸茶」「鉄紺」などの渋みある色が流行し、需要が高まりました。江戸の色文化については日本の伝統色77色一覧でも詳しく解説しています。
塗師(ぬし)は漆を塗り重ねる職人で、椀・重箱・家具を仕上げました。表具師(ひょうぐし)は掛け軸・屏風・襖を仕立てる職人で、武家や裕福な商家に需要がありました。
版木師(はんぎし)は、浮世絵や書物の版木を彫る職人です。葛飾北斎・歌川広重など人気絵師の版木を彫り続け、大量の版画印刷を支えました。
商人・問屋
両替商(りょうがえしょう)は金・銀・銭の交換と融資を行う金融業者で、現代でいう銀行の役割を担いました。三井越後屋(現・三越)などの大商人は現代換算で数十億円以上の資産を持つ大富豪で、大名への融資まで行いました。
米問屋(こめどんや)は米の流通を仲介する大商人です。幕府が米を年貢として徴収する体制のなか、米の売買を一手に握る問屋は莫大な権力を持ちました。
薬売りは、置き薬(先用後利:先に薬を置き、後で使った分だけ代金を収める方式)を全国に届ける行商人です。富山の薬売りが特に有名で、現代の「定期購読型ビジネス」の原型とも言えます。
古道具屋は、中古の道具・家財を売買する業者です。物を大切にする江戸の文化を象徴する職業で、刀・着物・家具と幅広く扱いました。
棒手振り(行商人)の種類

棒手振り(ぼてふり)は、天秤棒を担いで商品を売り歩く行商人の総称です。元手が少なくても始められる商売として、資本のない庶民が生計を立てる重要な職業でした。
- 豆腐売り:夜明けから「と〜ふ〜」の呼び声で売り歩く。独特の呼び声は今も昔話に残る
- 魚売り:朝獲れた魚を市場から仕入れ町中を売り歩く。「かつお〜」など旬の魚を大声で叫んで売る
- 甘酒売り:栄養補給として甘酒を売り歩く夏の風物詩。現代のプロテインドリンクに相当
- 金魚売り:「金魚〜金魚〜」という呼び声は夏の江戸を象徴する風景として浮世絵にも描かれた
- 水売り:上水道が整備される前の江戸では、飲料水を売り歩く「水売り」が存在した
- 蜆売り(しじみうり):早朝に川で採った蜆を売る。二日酔いへの効果として人気があった
- 焼き芋売り:晩秋〜冬の定番。「石焼き芋〜」の呼び声は現代でも受け継がれている
- 風鈴売り:夏限定でガラス風鈴を売り歩く季節職業。現代ではほぼ見られない
- 野菜売り:農家が余剰野菜を担いで売り歩くケースも多かった
これらの棒手振りは商品・季節によって日銭を稼ぐ不安定な働き方でしたが、江戸の食文化と日常生活を支える重要な担い手でした。
輸送・通信業

飛脚(ひきゃく)は手紙や荷物を遠距離に届ける速達業者で、現代でいう宅配便・郵便局の原型です。月3回定期運行の「三度飛脚(さんどびきゃく)」が江戸〜大坂間(約500km)を10日前後で結んだほか、追加料金を払えば「早飛脚(はやびきゃく)」という急便で3〜5日での配達も可能でした。急便では1日あたり100km以上を走り続ける驚異的な体力が求められました。
駕籠かき(かごかき)は駕籠を担いで客を運ぶ輸送業者で、現代のタクシーに相当します。二人一組で担ぐ「本駕籠」から一人担ぎの「辻駕籠」まで種類があり、料金によってサービス水準も異なりました。
船頭(せんどう)は屋形船・荷船・渡し船を操る職人です。水路が発達した江戸では隅田川や日本橋川が物流の大動脈となっており、船頭は現代のトラック運転手に相当する役割を担いました。
馬子(まご)は馬に荷物や客を乗せて街道を往来する輸送業者です。東海道・中山道など主要街道で活躍し、宿場ごとに馬を引き継ぐ「伝馬制度」の担い手でもありました。
医療・美容業
町医者(まちいしゃ)は庶民が利用できるかかりつけ医で、幕府公認の医師から自称・見習いまで玉石混交でした。「藪医者(やぶいしゃ)」という言葉が生まれるほど質のバラつきがあり、腕のいい町医者は裕福な商家や武家にも重宝されました。
髪結い(かみゆい)は男性の髷(まげ)を結う理髪師で、現代の理容師・美容師に相当します。「床屋」での営業のほか、町内を回る「廻り髪結い」もいました。江戸の男性は2〜3日おきに髪を結い直す習慣があったため、需要は非常に安定していました。
鍼師・灸師(はりし・きゅうし)は鍼や灸による施術師です。目の不自由な方が多く従事しており、腕のいい鍼師は将軍家にも仕える社会的地位を持つ人物もいました。
歯抜き師(はぬきし)は虫歯を引き抜く「歯科医」で、路上で抜歯を行う大道芸的な歯抜き師も多くいました。麻酔もなく一気に引き抜く荒療治でしたが、歯痛に苦しむ庶民には欠かせない存在でした。
芸能・娯楽業

歌舞伎役者は江戸三座(中村座・市村座・森田座)を中心に活躍したエンターテイナーです。「千両役者」と呼ばれるトップスターは年収千両(現代換算で1億円超)を超えることもあり、庶民のアイドル的存在でした。
落語家(はなしか)は噺(はなし)を演じる話芸の芸人です。江戸の落語は現代でも「江戸落語」として受け継がれており、寄席文化とともに発展しました。
相撲取りは江戸庶民の娯楽の王者でした。大相撲の本場所は年2回(のちに3回)行われ、人気力士は現代のスポーツ選手に匹敵する知名度を誇りました。
幇間(ほうかん)は宴席でユーモアや芸で場を盛り上げる「お座敷芸人」です。「太鼓持ち」とも呼ばれ、富裕な商家・遊郭で活躍しました。現代ではほぼ絶滅に近い職業で、全国でも数名しか現役がいないとされています。
辻講釈師(つじこうしゃくし)は街角で軍記物・物語を語り聞かせるストーリーテラーです。三国志・太閤記・水戸黄門などを迫力ある語り口で聴衆に届け、現代の朗読家・ポッドキャスターに相当する役割を果たしました。
情報・文化業
瓦版屋(かわらばんや)は事件・災害・奇談などのニュースを一枚刷りの「瓦版」で販売した情報業者で、現代の号外新聞売りに相当します。大火・地震・殺人事件などセンセーショナルなニュースが飛ぶように売れ、現代のSNSのようなスピードで情報が広まりました。
寺子屋師匠(てらこやしじょう)は庶民の子どもに読み書きそろばんを教えた教師です。江戸時代の男性識字率は70〜80%と当時の世界では突出して高く(諸説あり)、全国に普及した寺子屋がその基盤を支えていました。謝礼(月謝)頼みの収入で決して豊かではありませんでしたが、地域の文化を支える尊敬される職業でした。
絵師(えし)は浮世絵・絵巻物を描いた職業画家です。葛飾北斎・歌川広重・東洲斎写楽など現代でも世界的に著名な芸術家を多数輩出しました。ただし一般の絵師は版元(出版社)に雇われる立場が多く、収入は買い取り方式が基本でした。
リサイクル・清掃業
江戸はSDGsの先進都市とも評されるほど、驚くほどリサイクルが徹底した社会でした。消えた職業のなかでも現代に通じる視点で注目されるカテゴリです。
古着屋(ふるぎや)は着物の売買・修繕を行う中古衣類商です。新品の着物は高価なため、着倒した高級着物が段階を経て庶民の手に渡る流通ルートが確立しており、古着市場は非常に活発でした。
紙くず買い(かみくずかい)は使い古した紙を集めて再生紙に戻すリサイクル業者です。貴重な資源を無駄にしない江戸のエコシステムを支えました。
灰買い(はいかい)は台所や風呂から出た灰を回収する業者で、集めた灰は農業用肥料や染料の媒染剤として販売しました。現代の廃棄物リサイクル業に相当します。
肥取り(こえとり)は家々のトイレから糞尿を回収し農村に販売する業者です。過酷な仕事でしたが、都市から農村への養分還元という循環型社会を支える重要な役割を担いました。
焼き継ぎ師(やきつぎし)は割れた陶器・磁器を接着・修繕する職人です。現代では「割れたら捨てる」食器も、江戸では金継ぎや焼き継ぎで修繕して何度も使い続けました。物を大切にする江戸文化を象徴する職業です。
特殊・珍しい職業
傘張り浪人(かさはりろうにん)は主君を失った武士(浪人)が傘張りを内職とした、時代劇でもおなじみの職業です。ただし実際には傘張り専業の浪人はそれほど多くなく、「武士の副業」の代名詞として語られることが多い職業です。
辻占売り(つじうらうり)は路上で占いの言葉を書いた紙(辻占)を販売した占い師で、節分・大晦日などに特に需要がありました。
小便仲間(しょうべんなかま)は公共のトイレの管理と糞尿収集を行うグループで、回収した糞尿を農家に販売する江戸独特のビジネスモデルでした。
錠前師(じょうまえし)は蔵・金庫・家屋の錠前を作り修繕する職人です。裕福な商家・武家の財産を守る高度な技術が求められ、秘密保持の関係から信用第一の職業でした。
用心棒(ようじんぼう)は武家・商家・遊郭などに雇われる警護員で、現代のボディガード・警備員に相当します。腕に覚えのある浪人が就くことも多く、腕前と信用が命の職業でした。
現代と比較してわかる江戸の仕事事情
江戸の給与を現代換算すると?
江戸時代の通貨は複雑ですが、1両=約6〜10万円(幕末ほど物価変動が大きい)を目安に換算できます。
| 職業 | 江戸の年収目安 | 現代換算目安 |
|---|---|---|
| 千両役者(歌舞伎スター) | 1,000両以上 | 1億円超 |
| 大商人(三井・住友クラス) | 数千〜数万両 | 数十億円〜 |
| 大工(腕利き) | 100〜150両 | 700〜1,200万円 |
| 町医者 | 50〜100両 | 400〜600万円 |
| 棒手振り | 10〜30両 | 70〜200万円 |
| 奉公人・下働き | 3〜10両(現物支給含む) | 20〜60万円 |
一方で、江戸の長屋家賃は月2〜3百文(現代換算で3,000〜4,500円程度)と非常に安かったため、棒手振りでも日々の生活はギリギリ成り立つ仕組みになっていました。
現代に残る職業・消えた職業
江戸時代の職業は、現代の技術革新と生活様式の変化によって形を変えたり、完全に消えたりしています。
現代まで続く職業(形を変えて存続):
- 大工・左官・鳶→建設職人として存続
- 医者・歯科医→現代医学として発展
- 理容師・美容師→髪結いの後継
- 落語家・相撲取り→伝統芸能として現役
- 絵師→画家・イラストレーターとして継続
現代では消えた(または激減した)職業:
- 飛脚→郵便・宅配業に代替
- 駕籠かき→タクシー・バスに代替
- 瓦版屋→新聞・SNSに代替
- 棒手振り→スーパー・コンビニに代替
- 幇間→宴会文化の衰退でほぼ消滅
- 傘修理屋→使い捨て文化に代替
- 肥取り→下水道整備で不要に
なお、江戸時代には「縁起の悪い言葉」として職業にまつわる忌み言葉も多くありました。たとえば葬儀業者の前では「失う」「終わる」などの言葉が避けられていたことが知られています。詳しくは忌み言葉一覧でも解説しています。
まとめ
江戸時代には、棒手振りから千両役者まで、身分制度と細かな分業が生み出した多彩な職業が存在していました。リサイクル業者が成立するほど物を大切にする循環型社会、季節ごとに変わる行商の種類、飛脚が3日で500kmを走り抜ける情報インフラ……江戸の職業世界は、現代から見ても驚きの連続です。
今回紹介した50種以上の職業のうち多くは現代では消えましたが、「匠の技」「リサイクルの精神」「地域コミュニティの支え合い」という本質は形を変えて受け継がれています。江戸の仕事事情を知ることは、現代日本の働き方を見つめ直すヒントにもなるかもしれません。












