
「赤は赤、青は青」——どの言語でも色の分け方は同じだと思っていませんか?実は、言語によって色の境界線はまったく異なります。ロシア語には「青」を表す語が2つあり、日本語の「青」は歴史的に緑を含んでいました。ウェールズ語では青・緑・灰が1語で表されます。世界24言語の色名を一覧でまとめながら、言語と色認識の興味深い関係をひも解きます。
基本色彩語とは?人類に共通する「11語の骨格」
言語学者のブレント・バーリン(Brent Berlin)と心理学者のポール・ケイ(Paul Kay)は1969年、98言語を調査し、どの言語にも共通する「基本色彩語(basic color terms)」の発展段階があることを発見しました。これをベルリン&ケイの理論と呼びます。
基本色彩語とは「短い・単純な・特定の対象だけに使われない・広く使われる」色の呼び名のことで、たとえば英語では "black / white / red / green / yellow / blue / brown / purple / pink / orange / gray" の11語がそれにあたります。
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| 段階 | 追加される色彩語 | 特徴 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 黒・白 | 明暗のみ区別 |
| 第2段階 | 赤 | 炎・血として重要視 |
| 第3〜4段階 | 黄・緑(または黄・青) | 順序は言語による |
| 第5段階 | 青 | 独立した「青」が登場 |
| 第6段階 | 茶 | 中間色の独立 |
| 第7段階 | 紫・ピンク・橙・灰 | 色彩文化の高度化で発達 |
この理論の重要な点は、言語が発展するにつれて必ずこの順序で色彩語が増えるという普遍性です。青・緑を1語で表している言語は、まだ「第4段階」にあるといえます。
世界24言語の主要色名一覧
競合記事(最多14言語)を超える24言語の色名を収録しました。発音のカタカナ読みは目安です。
赤・青・緑の色名
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| 言語 | 赤 | 青 | 緑 |
|---|---|---|---|
| 日本語 | 赤(あか) | 青(あお)★ | 緑(みどり) |
| 英語 | red | blue | green |
| フランス語 | rouge(ルージュ) | bleu(ブルー) | vert(ヴェール) |
| スペイン語 | rojo(ロホ) | azul(アスール) | verde(ベルデ) |
| ドイツ語 | rot(ロート) | blau(ブラウ) | grün(グリュン) |
| イタリア語 | rosso(ロッソ) | blu(ブルー) | verde(ヴェルデ) |
| ポルトガル語 | vermelho(ヴェルメーリョ) | azul(アズール) | verde(ヴェルデ) |
| ロシア語 | красный(クラースヌィ) | синий / голубой ★ | зелёный(ジェリョーヌィ) |
| 中国語 | 红(hóng) | 蓝(lán)/ 青(qīng)★ | 绿(lǜ) |
| 韓国語 | 빨간(パルガン) | 파란(パラン)★ | 초록(チョロク) |
| アラビア語 | أحمر(アフマル) | أزرق(アズラク) | أخضر(アフダル) |
| ヒンディー語 | लाल(ラール) | नीला(ニーラー) | हरा(ハラー) |
| トルコ語 | kırmızı(クルムズ) | mavi / lacivert ★ | yeşil(イェシル) |
| ハンガリー語 | piros / vörös ★ | kék(ケーク) | zöld(ゾルド) |
| ポーランド語 | czerwony(チェルヴォニ) | niebieski(ニェビェスキ) | zielony(ジェロニ) |
| オランダ語 | rood(ロート) | blauw(ブラウ) | groen(フルン) |
| スウェーデン語 | röd(ルード) | blå(ブロー) | grön(グルン) |
| ギリシャ語 | κόκκινο(コッキノ) | μπλε(ブレ) | πράσινο(プラシノ) |
| ウェールズ語 | coch(コッホ) | glas ★ | glas ★ |
| タイ語 | แดง(デーン) | ฟ้า / น้ำเงิน ★ | เขียว(キャオ) |
| ベトナム語 | đỏ(ドー) | xanh(サイン)★ | xanh(サイン)★ |
| ペルシャ語 | قرمز(ゲルメズ) | آبی(アービー) | سبز(サブズ) |
| インドネシア語 | merah(メラ) | biru(ビル) | hijau(ヒジャウ) |
| フィンランド語 | punainen(プナイネン) | sininen(スィニネン) | vihreä(ヴィヒレア) |
★マークは後述の「特に面白い境界線の違い」で解説
黄・黒・白・橙の色名
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| 言語 | 黄 | 黒 | 白 | 橙 |
|---|---|---|---|---|
| 日本語 | 黄(き) | 黒(くろ) | 白(しろ) | 橙(だいだい) |
| 英語 | yellow | black | white | orange |
| フランス語 | jaune | noir | blanc | orange |
| スペイン語 | amarillo | negro | blanco | naranja |
| ドイツ語 | gelb | schwarz | weiß | orange |
| イタリア語 | giallo | nero | bianco | arancione |
| ポルトガル語 | amarelo | preto | branco | laranja |
| ロシア語 | жёлтый(ジョールトィ) | чёрный(チョールヌィ) | белый(ビェールィ) | оранжевый(アランジェヴィ) |
| 中国語 | 黄(huáng) | 黑(hēi) | 白(bái) | 橙(chéng) |
| 韓国語 | 노란(ノラン) | 검은(コムン) | 흰(フィン) | 주황(チュファン) |
| アラビア語 | أصفر(アスファル) | أسود(アスワド) | أبيض(アビヤド) | برتقالي(ブルトゥカーリー) |
| トルコ語 | sarı(サル) | siyah(スィヤ) | beyaz(ベヤズ) | turuncu(トゥルンジュ) |
| ハンガリー語 | sárga(シャールガ) | fekete(フェケテ) | fehér(フェヘール) | narancsszín(ナランチスィン) |
| ポーランド語 | żółty(ジョーウティ) | czarny(チャルニ) | biały(ビャウィ) | pomarańczowy(ポマランチョヴィ) |
紫・ピンク・茶・灰の色名
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| 言語 | 紫 | ピンク | 茶 | 灰 |
|---|---|---|---|---|
| 日本語 | 紫(むらさき) | ピンク | 茶(ちゃ) | 灰色(はいいろ) |
| 英語 | purple | pink | brown | gray |
| フランス語 | violet / pourpre | rose | brun / marron | gris |
| スペイン語 | morado / violeta | rosa | marrón | gris |
| ドイツ語 | lila / violett | rosa | braun | grau |
| イタリア語 | viola | rosa | marrone | grigio |
| ポルトガル語 | roxo / violeta | rosa | marrom | cinza |
| ロシア語 | фиолетовый / пурпурный | розовый | коричневый | серый |
| 中国語 | 紫(zǐ) | 粉红(fěnhóng) | 棕(zōng)/ 褐(hè) | 灰(huī) |
| 韓国語 | 보라(ポラ) | 분홍(プノン) | 갈색(カルセク) | 회색(フェセク) |
| アラビア語 | بنفسجي(バナフサジー) | وردي(ワルディー) | بني(ブンニー) | رمادي(ラマーディー) |
| トルコ語 | mor(モル) | pembe(ペンベ) | kahverengi(カフヴェレンギ) | gri(グリ) |
| ハンガリー語 | lila(リラ) | rózsaszín(ロージャスィン) | barna(バルナ) | szürke(スュルケ) |
特に面白い「色の境界線」の違い
ロシア語は「青」が2語ある
ロシア語話者には、英語の "blue" に相当する基本色彩語が2つあります。
- синий(スィーニー):暗い青・濃い青。夜空、深海、インディゴを連想させる青
- голубой(ガルバーイ):明るい青・薄い青。晴れた空や水色のような青
この2語は単なる「濃い薄い」の描写ではなく、心理言語学的な実験でも影響が確認されています。2007年の研究(Winawer et al.)では、ロシア語話者は英語話者に比べて、明るい青と暗い青を素早く識別できることが分かりました。語彙の違いが知覚の速さに影響した、という言語相対性の具体的な証拠のひとつです。
日本語の「青」はなぜ緑を指すのか
「青信号」は実際には緑色です。「青々とした草」「青リンゴ」も、実際の色は緑。これは日本語の歴史に根ざした現象です。
古代日本語の色彩語は「白・黒・赤・青」の4語しかなく、この「青」は現代でいう青と緑の両方を包んでいました。平安時代の文学でも「青柳(あおやぎ)」(緑色の柳)や「青菜(あおな)」「青海(あおうみ)」という表現が使われています。やがて「緑」という語が定着しましたが、慣用表現には古い用法の名残が生き続けています。
同じ現象は中国語の「青(qīng)」にも見られます。「青空」は青を指し、「青草」は緑を指す——1語が青・緑・黒などの広い範囲を担う語として機能しています。
ウェールズ語の「glas」は青・緑・灰が一語
ウェールズ語(英国ウェールズで話されるケルト語族)に「glas(グラス)」という語があります。この語はもともと青・緑・灰・銀色の全てを包含していました。
現代ウェールズ語では「gwyrdd(グウィルズ)」が緑を表すようになりましたが、「glaswellt(芝生・草)」「glasfor(海)」のように「glas」を含む複合語には緑・青両方の意味が残っています。
アイルランド語の「gorm」(青・インディゴ)、スコットランド・ゲール語の「gorm」も同様に、青から緑にまたがる用法があります。ケルト語族に共通する特徴とも考えられています。
ハンガリー語は「赤」が2語ある
ロシア語の青2語と鏡のような構造で、ハンガリー語では赤が2語で区別されます。
- piros(ピロシュ):人工物・加工品の赤に使われることが多い。赤いペン・赤い車・赤いリンゴ(加工・栽培品)など
- vörös(ヴェーレシュ):自然物や有機的なものの赤。血・炎・赤ワイン・赤い狐などに用いられることが多い
「piros alma(赤いリンゴ)」と「vörös bor(赤ワイン)」は日本語ではどちらも「赤」ですが、ハンガリー語では使い分けが生じます。この区分は「明暗」より「人工物 vs 自然物」に近いとされますが、例外も多く、学者間で議論が続いています。
トルコ語も青が2語(mavi / lacivert)
トルコ語でも青は2語で表されます。
- mavi(マーヴィ):明るい青・空色・水色
- lacivert(ラジヴェルト):紺・ネイビー・暗い青
「lacivert」はペルシャ語の「lājvard」(ラピスラズリの産地の地名)に由来し、フランス語の「lazur」、英語の「azure(アジュール)」とも語源が近い言葉です。ラピスラズリの深い青は歴史的に「高貴な青」として特別な地位を持っていたため、独立した語として定着したと考えられます。
ベトナム語で「青」と「緑」は同じ語
ベトナム語では「xanh(サイン)」が青も緑も表します。区別が必要なときは修飾語をつけます。
- xanh lá(緑):lá(葉)のxanh
- xanh lam(青):lam(藍)のxanh
- xanh da trời(空色):da trời(空)のxanh
ベトナム語と日本語古語が同様に青・緑を一語で包含していたことは、ベルリン&ケイの発展段階モデルと一致しています。言語がまだ「青」と「緑」を分化させていない段階にとどまっている例です。
ピラハ族(アマゾン)には色名がほとんどない
ブラジルのアマゾン川流域に暮らすピラハ族の言語(ピラハー語)には、独立した色彩語がほとんど存在しないとされます。色を表現するときは「血のような」「草のような」と比喩的に描写するほか、「明るい」「暗い」程度の区別しかないともいわれます。
これはベルリン&ケイ理論の「第1段階(明暗のみ)」にあたる極端な例で、言語と文化が色彩語の発達に深く関わっていることを示しています。ただし、ピラハー語の研究は調査が難しく、解釈には諸説あります。
アラビア語の豊かな色彩語彙
アラビア語には色を表す語が豊富で、「赤」だけでも複数の表現が存在します。
- أحمر(アフマル):赤(基本語)
- قانٍ(カーニン):真っ赤な、血のように赤い
- قرمزي(カルマジー):深紅(クリムゾン)
アラビア語では色名が形容詞として機能し、男性形・女性形・複数形で語形変化します。色を表す形容詞は「اَفْعَلُ(アフアル)」という特定のパターンで作られ、「赤=أحمر」「青=أزرق」「緑=أخضر」「黄=أصفر」「白=أبيض」「黒=أسود」が同じ語形パターンを持ちます。アラビア語の色語彙の多くは「植物が生い茂る」「青ざめる」など、動詞の語根から派生しているのも特徴です。
なぜ言語によって色の境界が変わるのか
1. 言語の発展段階(ベルリン&ケイ理論)
色彩語は普遍的な順序で追加されます。青と緑が1語の言語は「まだそこを区別する必要性・歴史的機会がなかった」ということです。農耕・漁業・染色技術など、特定の色が生活に深く関わるようになると、その色の語彙が細分化されていきます。
2. 言語相対性(サピア=ウォーフ仮説の穏やかな版)
「言語が思考を規定する」という強い仮説(強版)は現在では否定されていますが、「言語の違いが知覚・判断に影響を与えることがある」という穏やかな主張(弱版)は研究で支持されています。ロシア語話者の青の識別速度はその一例です。
3. 文化・環境の影響
海や空に囲まれた民族は青の語彙が細分化されやすく、農耕民族は緑や土の色が重要視されます。日本でも「藍染め」の文化から紺・藍・浅葱・縹などの細かな青系色名が発達しました(日本の伝統色77色については別記事で詳しく解説しています)。
4. 言語の接触と借用
「橙(orange)」は英語もフランス語もほぼ同じ発音で、ドラヴィダ語(タミル語など)→ サンスクリット(nāraṅgaḥ)→ ペルシャ語(nārang)→ アラビア語(nāranj)→ イタリア語(arancia)→ フランス語(orenge)→ 英語(orange)と伝わった借用語です。英語で「オレンジ色」を色名として使うようになったのは15世紀末とされています。色名は香辛料・染料の交易ルートに沿って言語間を移動してきました。
まとめ
世界24言語の色名を比較すると、言語によって「色の境界線」がまったく異なることがわかります。ロシア語・トルコ語の青2語、ハンガリー語の赤2語、ウェールズ語の青・緑・灰の共有、ベトナム語・古い日本語の青・緑の共有、ピラハ族のほぼ色名なし——それぞれが言語と文化が色認識に与える影響を示す具体例です。ベルリン&ケイが明らかにしたように、人類には共通の色彩語の発展段階がありながら、各言語はその段階をそれぞれのペースと方向性で歩んでいます。
参考・出典
- Berlin, B. & Kay, P. (1969). Basic Color Terms: Their Universality and Evolution. University of California Press. — ベルリン&ケイの基本色彩語理論の原典
- Wikipedia: Basic color terms. https://en.wikipedia.org/wiki/Basic_Color_Terms
- Omniglot: Colours in Welsh. https://www.omniglot.com/language/colours/welsh.htm — ウェールズ語 glas の解説