
ラスカー賞(正式名称:アルバート・ラスカー医学研究賞)は、1945年にアメリカで創設された医学分野の最高賞のひとつです。ノーベル生理学・医学賞に次ぐ権威を持ち、「アメリカのノーベル賞」とも称されます。
受賞者のうち66人が後にノーベル生理学・医学賞を、27人がノーベル化学賞を受賞しており(2020年時点)、「ノーベル賞への登竜門」として医学界で広く認知されています。日本人受賞者は2026年時点で累計11人を数えます。
ラスカー賞とは
ラスカー賞の正式名称は「アルバート・ラスカー医学研究賞(Albert Lasker Medical Research Award)」です。
賞の主な特徴は以下のとおりです。
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| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創設年 | 1945年(初回授賞は1946年) |
| 運営 | ラスカー財団(Lasker Foundation) |
| 賞金 | 部門ごとに25万ドル(約3,700万円) |
| トロフィー | サモトラケのニケを模した青銅像 |
| 別称 | 「アメリカのノーベル賞」「医学界のノーベル賞」 |
| 権威 | ノーベル生理学・医学賞に次ぐ医学賞として世界的に評価 |
賞金の25万ドルはノーベル賞の賞金(約100万ドル)より少ないものの、授賞対象となった研究のインパクトは同等に評価されます。トロフィーとして贈られる青銅のサモトラケのニケ像は「勝利の翼」を象徴し、研究者たちにとって特別な意味を持つ名誉です。
創設の経緯|アルバートとメアリー・ラスカー夫妻
ラスカー賞は、実業家アルバート・デービス・ラスカー(Albert Davis Lasker, 1880–1952)と、社会活動家のメアリー・ウッドワード・ラスカー(Mary Woodard Lasker, 1901–1994)夫妻が設立したラスカー財団によって運営されています。
1940年代初頭、アメリカでは心臓病・がん・感染症・精神疾患などに対する有効な治療法がほとんど存在せず、医学研究への社会的な投資が不足していました。この現状に危機感を持ったアルバートは1944年、妻への誕生日の手紙の中で「医学研究の重要性を社会に知らしめるための年間賞」のアイデアを提案。翌1945年にラスカー財団が設立され、1946年に最初のラスカー賞が授与されました。
その後もメアリーは医療政策の推進に力を尽くし、米国国立衛生研究所(NIH)への予算増額やがん対策法(1971年)の成立に貢献しました。ラスカー賞は単なる「賞」にとどまらず、医学研究の社会的価値を訴えるメッセージとしての側面も持っています。
4つの賞の部門
現在のラスカー賞には、以下の4部門があります。
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| 部門名 | 概要 |
|---|---|
| 基礎医学研究賞(Albert Lasker Basic Medical Research Award) | 生命科学の根本的な発見・新領域の開拓を讃える。最も権威ある部門 |
| 臨床医学研究賞(Lasker-DeBakey Clinical Medical Research Award) | 実際の患者治療に直結した臨床研究の成果を讃える |
| 公衆衛生賞(Lasker-Bloomberg Public Service Award) | 公衆衛生の推進・医学研究の支援に貢献した個人・団体を讃える。隔年授与 |
| 特別功績賞(Lasker-Koshland Special Achievement Award) | 生涯を通じた卓越した研究業績と科学界への貢献を讃える。1994年に新設 |
なお「公衆衛生賞」は2年に1度(次回は2028年)の授与となっており、毎年授与される基礎医学研究賞・臨床医学研究賞とは異なります。
なぜ「ノーベル賞への登竜門」と呼ばれるのか
ラスカー賞が「ノーベル賞への登竜門」と称される理由は、受賞後にノーベル賞を受賞する研究者が非常に多いことにあります。
2020年時点のデータでは、ラスカー賞受賞者のうち:
- 66人がノーベル生理学・医学賞を受賞
- 27人がノーベル化学賞を受賞
このことから、ラスカー賞の受賞は「数年後のノーベル賞受賞の予告」とも受け取られることがあります。
日本人の例では、利根川進が1987年にラスカー賞を受賞し、同年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。山中伸弥は2009年にラスカー賞を受賞し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
ただし、ラスカー賞を受賞した全員がノーベル賞を受賞するわけではなく、逆にノーベル賞を先に受賞した後でラスカー賞を受賞するケースもあります。「登竜門」という表現は、その高い予測精度を反映した慣用的な表現です。
日本人受賞者一覧
2026年時点で、日本人ラスカー賞受賞者は累計11人です。
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| 受賞年 | 氏名 | 部門 | 受賞対象の研究 |
|---|---|---|---|
| 1982 | 花房秀三郎 | 基礎医学 | レトロウイルスとがん遺伝子の仕組みの解明 |
| 1987 | 利根川進 | 基礎医学 | 抗体遺伝子の多様性を生み出すゲノム再構成機構の解明 |
| 1989 | 西塚泰美 | 基礎医学 | プロテインキナーゼCの発見と細胞内シグナル伝達の解明 |
| 1998 | 増井禎夫 | 基礎医学 | 細胞分裂を制御するMPF(成熟促進因子)の発見 |
| 2008 | 遠藤章 | 臨床医学 | スタチン(コレステロール低下薬)の発見 |
| 2009 | 山中伸弥 | 基礎医学 | iPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立 |
| 2014 | 森和俊 | 基礎医学 | 小胞体ストレス応答(UPR)の解明 |
| 2026 | 柳沢正史 | 基礎医学 | オレキシンの発見とナルコレプシーとの関連解明 |
| 2026 | 服部有宏 | 臨床医学 | 血友病A治療薬につながるバイスペシフィック抗体の発明 |
| 2026 | 井川智之 | 臨床医学 | 同上(エミシズマブの分子設計) |
| 2026 | 北沢剛久 | 臨床医学 | 同上(候補抗体の探索) |
基礎医学研究賞の受賞が7人(63.6%)を占めており、日本の基礎科学研究の強さを示しています。
なお、花房秀三郎・利根川進は日本人として初めてラスカー賞を受賞した世代であり、特に利根川進は同年(1987年)にノーベル賞も受賞するという快挙を達成しています。
2026年の受賞者
2026年は日本人4人がラスカー賞を受賞し、大きな話題となりました。
柳沢正史|オレキシン発見とナルコレプシーの謎を解く
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長の柳沢正史(Masashi Yanagisawa)氏は、スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョー(Emmanuel Mignot)氏と共に、2026年のアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞しました。
受賞対象は、覚醒を維持する脳内ペプチド「オレキシン」の発見(1998年)と、オレキシン欠乏がナルコレプシー(突発的な眠気を引き起こす過眠症)の原因であることの証明です。
柳沢氏は1998年にオレキシンを同定し、その後、オレキシンを欠損させたマウスがナルコレプシーと同様の症状を示すことを確認。ミニョー氏はオレキシン受容体の変異と患者の脳脊髄液中のオレキシン欠乏を明らかにしました。この28年にわたる研究の積み重ねは、不眠症治療薬(オレキシン受容体拮抗薬)やナルコレプシー治療薬の開発へとつながっています。
オレキシン研究の詳細はこちらの記事でも解説しています。
服部有宏・井川智之・北沢剛久|血友病A治療を変えた抗体薬
中外製薬の研究者3名——服部有宏・井川智之・北沢剛久氏——は、血友病Aの治療薬「エミシズマブ(製品名:ヘムライブラ)」につながったバイスペシフィック抗体(二重特異性抗体)の発明により、臨床医学研究賞を受賞しました。なお、1945年の創設以来、日本人研究者3名が同一部門・同年に受賞するのは史上初となります。
血友病Aは、血液凝固に必要な第VIII因子が欠損または機能不全を起こす疾患です。従来の治療法は第VIII因子の補充が主流でしたが、患者によっては抗体(インヒビター)が形成されて効果が出ないケースがありました。3名が開発したバイスペシフィック抗体は、第VIII因子を介さずに凝固反応を補う全く新しいアプローチで、世界の血友病A治療に大きな革新をもたらしました。
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まとめ
ラスカー賞は1945年創設の医学賞で、基礎医学・臨床医学・公衆衛生・特別功績の4部門があります。「アメリカのノーベル賞」と称されるその権威は、受賞者の多数が後にノーベル賞を受賞してきた実績に裏打ちされています。
2026年には日本人4人が受賞し、累計11人という日本の医学研究の存在感を改めて示しました。ノーベル賞との関係性については、ノーベル賞の豆知識まとめもあわせてご覧ください。